閑話 地下街の裏側
地下街の裏側
東水路が閉じる夜は、地下街の空気が少し違った。
いつもなら騒がしい通路が静かになる。
酒場の連中も、 その話題にはあまり触れない。
《鴉樽》でも同じだった。
笑い声はある。
酒も回っている。
でも、 どこか皆周囲を見ていた。
ログは樽を運びながら顔をしかめる。
「……何なんだ今日」
誰もすぐには答えない。
地下街では、 知らなくていい事を聞くな。
それが普通だった。
でもログは聞く。
若かった。
「東水路閉じるって、何があんだよ」
常連の一人が酒を飲みながらぼそりと言う。
「運びだ」
「何運ぶ」
「聞くな」
即答だった。
ログは顔をしかめる。
「最近そればっかだな」
「長生きしたきゃ覚えろ」
酒場の空気が少しだけ静かになる。
ミナは皿を拭きながら、 黙って会話を聞いていた。
主は奥の席で煙草を咥えている。
何も言わない。
その沈黙が逆に重い。
ログは樽を置きながらぼやく。
「地下街って面倒臭ぇ……」
その時。
酒場の裏扉が開いた。
冷たい空気。
黒い外套の男達。
誰も騒がない。
でも、 酒場の空気が変わる。
ログは反射でそちらを見る。
男達は喋らない。
そのまま主の席へ近付き、 小さな袋を机へ置いた。
金属音。
重い音だった。
主は袋を見もしない。
「遅ぇ」
男の一人が低く答える。
「表が動いてる」
「……役人か」
「多分な」
短い沈黙。
ミナが僅かに視線を上げる。
ログも空気を読んで黙った。
酒場の連中も、 誰も口を挟まない。
地下街の裏側だった。
表街。
役人。
運び屋。
縄張り。
全部、 地下で繋がっている。
ログは初めて、 《鴉樽》がただの酒場じゃないと理解した。
ここは、 地下街の“交差点”だった。
主は煙を吐く。
「東水路は?」
「閉じた」
「死人は」
「一人」
酒場の空気が少しだけ止まる。
でも誰も騒がない。
主は静かに酒を飲む。
「……そうか」
それだけだった。
男達はすぐに去る。
裏扉が閉まる。
また酒場の喧騒が戻る。
まるで、 何も無かったみたいに。
ログはしばらく黙っていた。
やがて小さく呟く。
「……地下街って、こんななんだな」
主は煙草を咥えたまま言う。
「今更だ」
ログは少し黙る。
そして、 珍しく軽口を叩かなかった。
二階手すりでは、 ミナが静かにその光景を見ていた。
地下街の音。
地下街の沈黙。
その両方を、 少しずつ覚え始めていた。




