18話→助ける価値
ある日、俺は一人でギルドを訪れていた。
ネーヴェにパーティー解散を言い渡されて路頭に迷っているワケでは無い。
彼女はいわゆる女性の日で、とてもじゃないがモンスターと戦える状態では無かった。
無理をさせる事は出来ないので今日は休んでいる。
女性によっては症状が軽かったり重かったりするらしいが、ネーヴェは後者の方だった。
苦しそうに顔を歪めていたのを思い出す。
思えば一人で依頼を受けるのは初日以来だ。
しかもその依頼も途中からネーヴェに手伝ってもらったようなもの。
こっちの世界に来てから、一人で行動していた時間は驚く程に少ない。
いつも側にはネーヴェが居てくれた。
何だが縛り付けているようで申し訳無い。
偶には日頃の感謝を込めて、プレゼントでも送ってみようかな……喜んでくれるか分からないけど。
「あら、おはようアラト君」
「おはようございます、エルナさん」
一人でクエストボードを眺めていると、窓口担当のギルド職員であるエルナさんに声を掛けられた。
彼女は妖艶な笑みを浮かべながら近付いて来る。
「サボっていたら怒られますよ」
「駆け出し冒険者にアドバイスを送るのも仕事のうちよ。ところでネーヴェちゃんは? フラれた?」
「突っ込みませんからね。ネーヴェは単に女性の日で体調を崩しているだけです」
「成る程ねぇ……フフ、じゃあ今日はアラト君を独り占めに出来るのかしら」
言いながら、凹凸のある豊満なボディを俺の腕に押し付けてくるエルナさん。
ウェーブがかった茶髪から香水の匂いが漂い、胸の感触と合わさってクラクラしてしまう。
……いかん、苦しんでいるネーヴェに申し訳無い。
「あの、職務放棄はその辺で……一人でも受けれる依頼とかってありますか?
「照れちゃって、可愛い子。でもそうねぇ、一人で受けるとなると……他のパーティーの荷物持ちくらいよ? 臨時で組むのも良いけど、アラト君そういうの苦手そうだし」
「仰る通りです……」
見事に俺の性格を知られていた。
荷物持ちなら黙ってついて行くだけでも成り立つが、臨時メンバーになるとそうも言ってられない。
「……今日はやめときます。無理して依頼を受けなきゃいけないほど切羽詰まっているワケでも無いんで」
「それが賢明かもね。けどアラト君、上のランクを目指すなら他のパーティーメンバーを集めるのも重要よ? まあでも、君はまだまだストーンランクの駆け出しなんだし、焦る必要は無いわ」
彼女の言葉を聞いて安心する。
最近は会う度にからかわれてばっかりだけど、俺の冒険者稼業について真剣に考えてくれる優しい人だ。
「今はまず、ネーヴェちゃんとの関係をジックリ深める事に集中しなきゃね。一線超えそうになったら教えて? お姉さんが女の子の弱い所を教えて――」
「じゃあまた明日! さようなら!」
撤回。この人俺で遊んでるだけだ。
◆
ギルドを後にした俺は、ネーヴェへのプレゼントを吟味しつつ街を散策していた。
いきなり高い物渡しても引かれるよなぁ。
「……ん? あれは……」
そんな時、視界に見覚えのある人物が映る。
先日拳で語り合ったレジーナ・アイオレットだ。
彼女はまだ奉仕活動中でギルドの清掃や備品整理等、半ば雑用係のような扱いをされていると聞く。
出来る事ならもう関わりたくないので、素通りしようと思ったが……何故かレジーナは複数の冒険者と思われる女性に囲まれながら路地裏へ連れて行かれる。
路地裏……何だかネーヴェと会った時を思い出す。
俺は厄介ごとの予感をしつつも、好奇心には勝てずあの時と同じように隠れながら様子を伺う。
そこでは――
「死ねよクソビッチ! おらぁ!」
「私の男を奪った罰よ! 甘んじて受けなさい!」
「あんた調子に乗りすぎたのよ!」
レジーナが文字通りの袋叩きに合っていた。
「う……がはっ……!? クソが……! こんな首輪さえ……あぐっ……! なけ、れば……!」
彼女は亀のように蹲って耐えているが、何度も蹴りを打ち込まれれば当然ガードも緩くなる。
殴る蹴る、暴力のオンパレードがレジーナを襲う。
どうやら彼女に恋人を奪われた女冒険者達の報復のようで、 暴力を振るうのに一切の戸惑いが無い。
レジーナが反撃しないのは、首輪の影響だろう。
恐らく『他人に危害を加えるな』『魔眼を使うな』とでも設定されているから何も出来ない。
さてどうするか。
彼女を助ける――のは、ダメだな。
まず第一に、今回の件は100%レジーナが悪い。
普通に恋愛をした上で恋人を奪ったのならともかく、魔眼という防ぎようが無い手段を用いている。
一度痛い目を見ないと反省も何も無いだろう。
俺? 俺は既にあの時の戦闘で仕返しは終わった。
あれ以上痛めつける意味を感じなかったからやめただけで、彼女に恨みを持つ他人を止めるほどの正義感は無ければ義務も義理も無い。
それに……智也の事を思い出しそうで、嫌だ。
とは言え完全に見捨てるのも寝覚めが悪いので、全てが終わった後に手当てくらいはしようかと思う。
その後レジーナを標的にしたリンチは数十分間続き、暴力を振るう側が疲れ果てて終結した。
女冒険者達が去った後、彼女の元に向かう。
「……アイツら……クソ……うっ……」
レジーナは虫の息で、身体中アザだらけだ。
唯一顔だけが無事なのは同性としての情けか。
すると彼女は俺の存在に気づく。
「っ! アンタ……いつから」
「割と最初の方から。災難だったな」
「ふざけんな……だったら、助けろ、よ……」
言葉にこの前のようなキレが無い。
精神も体力も限界に近いようだ。
「自業自得だろ? あの人達の怒りは最もだ」
言うと、レジーナは目を細めながら呟く。
「……アンタ、意味分かんない……あの時は私を助けた癖に、今は目の前でボコボコにされてても、放置って…………甘ちゃんじゃなくて、変人?」
「悪いがアンタでも変人でも無い。ヨコヤアラトだ、一応よろしく。で……何処に運べばいい?」
レジーナの体に触れ、彼女を背負う。
「なっ、急に触んな……!」
「いやでも、このままだとまたさっきみたいな連中がお前を見つけるぞ? 次こそは死ぬかもな」
「……クソッ! 何なのよ、ホント……この私が、負かされた相手に二度も……! 分かったわよ、助けてくださいお願いします! これでいい!?」
「素直で助かる」
観念したレジーナは自分が泊まっている宿と部屋番号を教え、そこまで運べと何故か上から目線で言う。
それで彼女の気が少しでも晴れるのならいいけど。
「じゃ、行くぞ〜」
「黙って行け!」
「はいはい分かりましたよお姫さま」
◆
レジーナが泊まっている宿はサクルの街の中でもかなり上等な部類に入る宿だった。
一日泊まる料金で一週間は暮らせる自信がある。
シルバーランク冒険者の稼ぎに驚きつつ、受付の従業員に事情を説明してからレジーナの部屋へ。
何気に初めて異性の部屋を訪れる。
「お邪魔します」
ドアノブを開け、室内へ。
彼女の部屋は――驚くほど殺風景だった。
もっとこう、ゴテゴテした部屋をイメージしていたからギャップに戸惑う。
そりゃ一時的に借りているだけの部屋だから、あまり物を置きすぎると困るのは分かるが……私物らしい私物が装備品くらいしかない。
「ちょっと、人の部屋をジロジロ見ないでよ」
「悪い。けどジロジロ見れる程物があるか?」
「……ハッ、それもそうね」
皮肉に渇いた笑いで返すレジーナ。
とりあえず……ベッドに寝かせるか。
割れ物を扱うような手捌きで彼女を横に寝かす。
「……そこの棚にポーションが入ってる。ついてだし取ってよ」
「ポーション!? あるのか!」
「シルバーランク舐めんじゃないわよ。ま、今は降格されちゃったけどね」
ポーションとは特殊な飲み薬で、傷の治りを何倍も早くするマジックアイテムだ。
一番低品質なモノでも百万エルドを超える。
モンスター討伐には必須のアイテムだが、一番欲しいであろう駆け出し冒険者の稼ぎではまず手が出せない価格なのでもどかしい。
「スゲェ、本物だ……ほらよ」
「ん、サンキュ」
もう色々と吹っ切れたのか、棚から出したポーションを手渡すとレジーナは素直に受け取った。
そして蓋を開け、ビンに口を付けて一気に飲む。
「……ねえ、アンタどうして、私の魔眼が効かなかったの?」
飲み終わったレジーナは、ぼーっと天井を眺めていたかと思うと突然そんな事を言い出した。
とは言えその理由は俺にも分からない。
「さあ……偶然じゃないか?」
「納得出来ないんだけど」
「まあ強いて言うなら、人より魔力量が沢山ある事くらいか? 計測器が壊れたよ」
「何それ……ますますワケ分かんない存在ね」
信じているのかいないのか、曖昧なリアクションだがレジーナは満足そうな顔になる。
もしかしたら、誰かと話したいだけかもしれない。
それならと思い切って聞いてみる。
「今度は俺の方から質問させてもらうけど、何で魔眼の力を悪用してあんな事を? お前なら、普通に冒険者やってるだけでも成功出来るだろ」
レジーナとの戦闘を思い出す。
彼女はネーヴェが作り出した氷の刃さえ弾き返し、とんでもないパワーを生み出す強靭な体の持ち主だ。
シルバーランク相応の実力は確実にある。
問題行動を起こして悪目立ちするよりも、普通に生活していた方が余程利口だ。
「別に、悪いことだと思ってないし。それに楽しいのよ、男の本性を曝け出すの」
「……どういう意味だ?」
するとレジーナは一旦黙る。
ジッと俺の顔を見て、一度ため息を吐いてから続きの言葉を口にした。
「もうどうでもよくなったし、聞かせてあげるわよ……私の魔眼に魅入られた男は最初、決まって同じ行動をするわ。命令もお願いもしてないのに――ねえ、何をすると思う?」
自虐的な笑みを浮かべながら、レジーナは言う。
彼女の魔眼に魅入られた男達が最初にする行動か。
「愛の告白? 求婚とか?」
「ハッ、それなら私は今頃もう少しマシな人生歩んでいるわよ。正解は――強姦」
冷たく、淡々と答えを述べたレジーナ。
この場合、誰が? なんて聞くのは無粋の極み。
魔眼に魅了された男は、その魔眼の持ち主に対して性的欲求を抱いてしまう……そんなところか。
「私がハジメテを経験したのは十歳の頃、相手は父親だったわね。今はもう顔すら覚えてないけど」
「……」
「自分の娘を襲う父親。例え魔眼の影響だとしても、はいそうですかと許せる程、私も母親も器の大きい人間じゃ無かった――それからも、眼を一瞬でも見た男達は面白いくらいに皆んな同じ行動をしたわ。それで男を信じろって方が無理よ」
その話が本当なら、父親に強姦された時点で男性不信に陥っていてもおかしくない。
幼い頃の経験が、今の彼女の人格を形成している。
「……んー、話せば楽になるって案外本当かもね。ま、話してどうこうなる問題でも無いけど」
自らの過去を語ったレジーナは、どこかスッキリとした表情に変わっていた。
そして上体を起こし……瞳を潤ませながら言う。
「――ねえ、助けてよ」
「え?」
訴えかけるような言葉。
レジーナは右手を持ち上げ、俺の服の裾を掴む。
「私だって……好きで今の性格になったんじゃない。頼れる男が一人も居なくて――でも、アンタなら」
彼女は頰を赤く染める。
まるで初恋に戸惑う少女のように。
「私の眼を見て、我を忘れなかったアンタなら……全部、預けられる。安心出来る。だから助けて……お願い、私を――守ってよ、アラト」
絞り出すような一言。
心も体もボロボロな彼女が、精一杯の勇気を出して口にした救済の願い。
目前の女は救いを求めている。
不幸な境遇のヒロインに手を差し伸べる……ああ、それが出来たら誰でも主人公でヒーローだ。
けれど――俺は彼女の手を、取らない。
「――断る。そんなの都合良すぎるだろ。見え見えの泣き落としに引っかかるほど、俺は馬鹿じゃねえ」
男を支配し、弄ぶ。
それはある意味自衛手段であり、過去の男達に対する報復でもあるのだろう……とは言え、彼女がやっているのは結局のところ、八つ当たりでしかない。
エルナさんの言葉通りなら、レジーナの所為で破局したカップルや夫婦は大勢居るだろう。
どんな過去があろうと、その罪は決して消えない。
同情はするが、擁護は出来なかった。
「何の罪も無い人達を巻き込んでいる時点で、お前を助ける『価値』は無い。傲慢かもしれないけど、俺は誰でも助けるヒーローじゃ無いんだ」
かつてはそんなヒーローに憧れ、成ろうとした。
でもその結果裏切られ。ドン底に落ちた。
もう二度と、同じ過ちは犯したく無い。
俺の答えを聞いたレジーナは。
「……チッ、チョロそうな男だと思ったのに、しくったなー」
舌打ちをし、ケロッとした態度に早変わり。
女は皆役者だと聞いた事があるけど、実際目の当たりにすると恐ろしい。
「怖えよお前、魔眼無しでソレかよ」
「切り札は最後まで取っておくものよ。百戦錬磨のレジーナちゃんの手にかかれば、男の一人や二人あっという間に貢ぎ奴隷に出来るわよ。ほら、アンタが助けたあのおっさん居たでしょ? アイツには魔眼使って無いし」
あのオッサン、素のレジーナにやられたのか。
正直かなり危なかったし、女って怖い。
「じゃ、そろそろ帰るわ。傷が治るまで精々おとなしくしてろよ」
「ねえ、コレが外される時まで私を守ってくれたら、お礼に毎日気持ち良くしてあげるって言ったらどうする?」
去り際、彼女が首輪を指しながら言う。
怪しく媚びた顔を浮かべながら。
「魅力的だけど、やめとく。間に合ってるからな」
「あのフード被った良い子ちゃん?」
「ご想像にお任せするよ」
彼女に背を向け、扉を開ける。
この選択が正しいのかどうかは分からない。
その答えは、今も探している途中だから。




