八方塞がり
(………ままならねえなぁ)
天孫降臨神話。耳にタコが出来るほど聞かされた建国譚を聞き流しながら、海翔はため息を吐いた。十七年生きてきたがいまだに不思議な気分になる。海翔が生きていた大日本帝国に似ているが、どこか違う別の島国。女だけが神業なんて呼ばれる特別で非科学的な魔術のような力を使う国。その神業のおかげで鎖国を保ったまま近代化が進んでいる国。
(生まれ変わって十七年も経つのに、おとぎ話に迷い込んだような気分になるな……)
手元の教本には、第百三十七代女王の絵姿が描かれている。
絹糸のように艶めく白い髪に赤珊瑚のような美しい紅の瞳。
日依女王。
この国の治めるもっとも尊き存在で──…海翔が前世で生まれ変わってもずうっと一緒だと約束した女。
海翔の世界を再び強い光で照らした太陽。
「前世でもかなり身分差あったのに、今生は女王になんかなってんのかよっ!」
「海翔、私語は慎みなさい」
思わず心の声が漏れ出て、教壇に立つ教師に怒られてしまう。ここは竜驤国の社──日本でいう神社に似た宗教施設で、信仰対象は女神天音である──に併設された孤児院で、海翔は今生も親も学も無い孤児だった。
「海翔、私語の罰として、この講義が終わったら表門の掃除をなさい」
「うへぇ、なんで! こんな寒い中!!」
「高貴なお客様が慰問に来られるからです」
高貴ねぇ。海翔はケッとしかめ面をした。二年前に遠巻きに見た即位式の祝賀行進で己の太陽が同じ世界に生まれ変わっていることに気づいて以降、女王日依になんとか近づけないかと試行錯誤したが、孤児である海翔は侍従どころか門番としても採用してもらえなかった。御所に関わる職は、高貴なお生まれの子女が務めるのが習わしだそうだ。
「せめて俺にも神業があればなぁ……」
この国に生まれる女児が生まれながらに持つ才能──…それが神業だ。娘によってその才は様々で、遠く離れた同じ能力をもつ人間と意思疎通が出来たり(そういう娘はたいてい通信士という職に就く)何百メートルも先の景色を見たりなど、神業の種類は多岐にわたる。神業にも珍しい能力とそうでない能力であり、珍しい能力──たとえば火や水を操ったり、未来を予知するような──を持つ者は、孤児であっても貴族に引き取られることがあった。
おかげさまで海翔は日依に接触どころか自分の存在すら知らせることができないまま無駄に2年が過ぎた。なんなら、日依が海翔のことを覚えているのかどうかすら分からない。
「女王はぜっっっっっっっったいお嬢だと思うんだけどな……」
言いつけ通り表門を掃き清めながら、海翔はため息を吐いた。今でも忘れない。即位式の女王日依の、高貴な立ち振る舞い。憂いを帯びた赤珊瑚の瞳。あれは絶対に海翔が前世で次の生こそ一緒になろうと約束した女性だった。
「どうすりゃいいんだか」
枯葉やごみをちりとりにまとめて焼却炉に放り込むと、ついさっき掃除したばかりの表門が騒がしくなった。
「なんだ?」
「海翔おにいちゃん! たいへんだよ!!」
孤児院の、海翔に懐いている弟分たちがわらわらと海翔のもとに駆け寄ってきた。
「何だお前ら。慰問にきた『高貴なお方』に飴でも貰ったか?」
弟分たちのあまりの興奮具合に海翔が茶化して言うと、弟分たちはぶんぶんと首を横に振って否定した。
「女王へーかがごくひりに行幸にいらっしゃったんだよ!」




