第7話:二人だけの昼休み
火曜日。
庄屋は今日も開店前に来た。コンビニのコーヒーを持って、
カウンターの端に座る。邪魔にならない場所を、
今日も自分で選んだ。厨房では優作が仕込みをしていた。
昨日と同じ背中だった。同じエプロン、同じ無精髭、
同じリズムで包丁を動かしている。しかし庄屋の目は、昨日とは違った。
――――――
午前中、庄屋はノートPCを開いてデータを見ていた。
時折、顔を上げる。厨房を見る。また画面に戻る。
優作はその視線に気づいていた。気づいていないふりをしていた。
(ARK)
『はい』
(今日の庄屋、昨日と目線が違う)
『はい。』
『昨日までは店舗全体を観察していました。
今日は——特定の対象を見ています』
「俺か」
『はい』
優作は野菜を切り続けた。手は、一ミリも狂わなかった。
――――――
昼のラッシュが終わった。里美が「少し休んできます」と
バックヤードに消えた。店内に、優作と庄屋だけが残った。
庄屋はノートPCを閉じた。カウンターに肘をついて、厨房の方を見た。
「優作さん、ちょっといいっすか」
「はい」
「テリヤキ、一個もらえます? 腹減って」
「……昼はもう終わりですが」
「そこをなんとか」
優作は少し間を置いて、フライヤーを確認した。
「……五分待ってください」
「さすがっす」
庄屋はにこっと笑った。
――――――
優作がテリヤキバーガーをカウンターに置いた。
庄屋は一口食べた。
「うまいっすね、ここ」
「ありがとうございます」
「本社の社食、見習ってほしいわ、ほんと」
庄屋はバーガーを置いた。
窓の外を見た。それから、独り言のように言った。
「最近さ、アフリカのニュースよく見るんっすよ」
優作の手が、止まった。
一秒以下。
また動いた。
「……そうですか」
「鉱山の事故とか、子供が働かされてるとか。
……日本にいると実感ないっすけど、
繋がってるじゃないっすか、いろいろ」
「……そうですね」
「うちの会社も、アフリカに現地法人があってさ」
庄屋はバーガーを一口食べた。
「昔、事故があったらしいっすよ。
詳しくは知らないっすけど」
店内が、静かだった。
フライヤーの油が、低く唸っている。
「……そうですか」
優作の声は、平坦だった。
庄屋はその平坦さを、聞いた。
「優作さん、そういうニュース、気になります?」
「……人が死ぬニュースは、気になります」
「っすよね」
庄屋はバーガーの包み紙を畳んだ。
「うまかったっす。ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
――――――
庄屋が立ち上がりかけた時。
優作が、口を開いた。
「庄屋さん」
「はい?」
優作はカウンターを拭きながら、こちらを見なかった。
「ロス率の調査、もう終わりそうですか」
「もうちょっとかかりそうっすね」
「そうですか」
「……庄屋さんは」
優作は手を止めた。
カウンターを見たまま、言った。
「本当は、何者なんですか」
店内が、静止した。
庄屋は立ったまま、優作の横顔を見た。
優作はカウンターを見たまま、動かなかった。
「……ロス率を調べに来た、ギガ・リンクの社員っすよ」
「そうですか」
「……そうっす」
庄屋は、それ以上言わなかった。
優作も、それ以上聞かなかった。
庄屋はブリーフケースを持った。
「じゃ、また明日来ます」
「はい」
庄屋が出ていった。
ドアが閉まった。
――――――
優作は、しばらくカウンターを拭き続けた。
(ARK)
『はい』
(アフリカの話を振ってきた)
『はい。あなたの手が止まりました。〇・八秒』
(見てたのか)
『常に見ています』
優作は雑巾を置いた。
(庄屋は、どこまで辿り着いた)
『昨夜の機密フォルダのアクセス記録から推測すると
——インシデントレポートのタイトルと、
メールの断片は読んでいます。
しかしレポートの中身は黒塗りでした』
(黒塗りの中身を、あいつはまだ知らない)
『はい。ただ——』
『彼は今、社内の別ルートで調べを続けています。
このまま放置すれば、
四十八時間以内に黒塗りの内容に辿り着く可能性があります』
優作は天井を見上げた。
四畳半と同じ、黄ばんだ蛍光灯。
「……止めるか?」
『それは、あなたが決めることです』
優作は少し間を置いた。
「……放置しろ」
『理由を聞いてもいいですか』
「あいつは——」
優作は言葉を探した。
「あいつは、
本当のことを知りたがってる。
それを止める権利は、俺にはない」
『……はい』
ARKは、それ以上聞かなかった。
――――――
その夜。
庄屋はホテルの部屋で、また画面を開いていた。
缶ビールを開けた。
「本当は、何者なんですか」
優作の言葉が、頭に残っていた。
あれは——質問ではなかった。
鏡だった。
お前こそ何者なのか、という問いを、そのまま返された。
庄屋はビールを一口飲んだ。
画面の検索欄に、文字を打ち込んだ。
「ギガ・リンク アフリカ インシデント 2021」
検索した。
結果が、出た。
庄屋はその画面を、しばらく見た。
「……なんだこれ」
三度目の、同じ言葉だった。
しかし今夜の声は、これまでで一番、小さかった。
閉店後。
店内は静かだった。
優作が床を拭いていると、厨房の奥から音がした。
里美だった。
冷蔵庫の前で、立ち止まっている。
何もしていない。
ただ、立っていた。
優作は声をかけなかった。
数秒。
数十秒。
里美が、小さく言った。
「……冷蔵庫ってさ」
優作は手を止めた。
「止まると、全部腐るのよね」
振り返らなかった。
「だから、止めちゃダメなの」
それだけ言って、里美は動き出した。
優作は何も言わなかった。




