第五章 第五幕 影の組織
『GL研究開発部です。』
拠点は、ARKの発言で静まりかえった。
マイケルは知っていた。GLは国際的に有名な企業だ。だが—
GL研究開発部、その名前は初めて聞いたものだった。
「マイケルさん」優作は話しかけた。
「GLとホライズンは取引がありますか?」
マイケルは少し間を置いた。
「まだ、ないはずですが、国際的に有名な企業ですね」
「ただ—その実態はほとんど知られていないはずです。」
優作はARKに言った。「調べてくれ」
『承知しました。少し時間がかかります。』
マイケルは優作を見た。「……GLが関わっている可能性がありますね。」
「……可能性はあると思います。」優作は答えた。
マイケルはホライズンの創業当時から関わってきた。
だが、GLとの取引に関しては、聞いたことがなかった。
あるいは、……だが、その考えを口にすることはなかった。
「今日のところは協力関係の確認だけで十分です。」
「何か新しいことが分かりましたら、また連絡します。」
マイケルは頷いてたちあがった。
「片桐さん」
「はい」
「神崎代表の回復を、心から祈っています。」
「……ありがとうございます。」
マイケルが帰った。
二、ARKの報告
マイケルが帰った後、しばらくしてARK が報告した。
『手強いです。GLに出資しているファンドを探しています。』
『複数のペーパーカンパニーに分散しています。本体はあるのでしょうか?』
「実態のないファンド……。」
『はい、世界中、あらゆる企業、組織に投資しながら、決して表には出てこない組織です。』
『しかし、この中の一部のファンドとホライズンテクノロジーのある人物との間に定期的な資金移動があります。』
『移動先は、ジョン・ハリス社長の個人口座です。』
「背任か……。」優作はつぶやいた。
『さらにこのファンドは、ホライズンの株式を複数のペーパーカンパニーを通して、少しずつ買い増ししています。』
『半年以内に過半数を取得するでしょう。』
「おそらくハリスは、自分が捨てられる側だと気づいていない。」
『そうだと思います。』
「ハリスと話し合う必要がある。マイケルに連絡してくれ。」
『承知しました。』
三 ハリスとの交渉
優作は、影山とふたり、アメリカ、テキサス州にやってきた。
「……遠いっす。」影山は大きなキャリーケースを引きずりながら、
汗をかいていた。「しかも、暑過ぎます。」
「……。」優作は特に何もいわなかった。
オースティン・バーグストロム国際空港を出て、
マイケルが迎えにきてくれた。
「ようこそ、テキサスに。」マイケルは少し笑った。
「忙しいのに、すまない。どうしても貴社の社長に会いたくて来ました。」
優作はマイケルに言った。
「影山は、お土産っす。」と笑いながら東京ばななを手渡した。
マイケルは「Thank you.」と言って、苦笑いをした。
まだ、朝十時前だった。
「すまないが、このままオースティンの本社に行ってくれませんか?」
優作はマイケルに頼んだ。
「もちろんです。今から行きましょう。」マイケルは快諾してくれた。
ただ、影山は心の中で、初めての海外なのに、仕事しかできない……。
口にはしなかったが、少し拗ねていた。
オースティンの本社についた。すぐに社長室に通された。
巨大なオフィスに大型モニター。応接用のソファーとテーブルも、
この部屋だけは高価な調度品で飾られていた。
しばらく待っていると、ハリスが出社してきた。
思っていたより、背が低く、小太りだった。
「はじめまして、よく我が社に来てくれました。」ハリスが言った。
「はじめまして、今日は大事なお話があって来ました。」優作が言った
ハリスは少し考えるようなそぶりをして、「神崎代表のことですか?」
「我々もできる限りのことはしたいと思っています。非常に残念なことでした。」
優作は、少し、眉間に皺がよった。
「……GLという会社を知っていますか?」優作はたずねた。
ハリスの表情が固まった。マイケルはその表情を見ていた。
優作はテーブルの上に二つの資料を広げた。
一つ目、現在、ファンドによる株式買い増しの証拠を見せた。
このままでは、会社を乗っ取られる可能性が高いことを告げた。
二つ目、個人口座への資金移動の記録、これは、
背任罪として、刑事告訴される可能性のあるものであった。
二つの資料を読んだハリスの態度は、先ほどまでとは違うものだった。
「たしかに、私にGLから接触があった。」
「わざわざ教えてくれてありがとう。株式の買取は、これから対処しよう。」
優作は、何も言わず、ハリスの話を聞いた。
「この二つの資料、私が連絡を入れれば、GLはあなた方を潰しに来ますよ。」
「だからこれらは、見なかったことにした方がお互いのためなんじゃないですか?」ハリスは確かにそう言った。マイケルの目の前で。
「連絡したければ、すればいい」
優作は静かに話し始めた。「私は昔、GLで働いていました。退社後、あの会社のせいで苦しんでいる人たちを見て来ました。」「わたし達は、何度も嫌がらせをうけ、ついに神崎が先週撃たれました。だが— 私たちが退くことはない。」
「私には皆と約束したことがあり、みんなその約束のため私のわがままについてきてくれているのだから……」
「GLは巨大だ、あなたの会社など……」ハリスは焦った。
優作は続けた。「むしろ— あなたこそ、次に切り捨てられるのが誰かわからないのですか?」ハリスの表情から余裕が完全に消えていた。
「……条件は、条件は何ですか?」
優作は言った。「この証拠を世間に出さない条件でホライズンを暁グループの傘下に入れていただきます。」
ハリスは言った。「私の会社の価値は、たかが日本の地方企業に買収されるようなものではない。
確かに、私は間違えたかもしれない。だからと言って、会社渡す理由にはならない。」
「社長。」マイケルが口を開いた。
「私は日本に行き、暁グループの現場を見ました。
保険。
農業。
物流。
全部見せてもらいました。そして今、我が社の自動運転。
私は、暁グループの方に掛ける方が、良いと思います。」
「あなたが守りたいもは何なんですか? 会社か、社長の椅子か。」優作は尋ねた。
ハリスは窓の外を見た。
最初は自動で動く車を作りたい。それだけだった。
ハリスは長い沈黙の後、優作の条件に同意した。
一部始終を見ていた。マイケルは尋ねた。
「でも、どうして、どうしてここまでするんですか?」
優作は言った。「みんなと約束がある。」
「世界中の腹を空かせたガキにパンを届けたい。
これが我が社の結成理念だ。」
マイケルはしばらく黙って考えていた。
オースティン・バーグストロム国際空港にて、影山は少し不機嫌だった。
「もう、帰るんすか?」優作に影山は尋ねた。
「もう、やるべきことは終わったからな。」
「せめて、一日くらい遊びたかった……。」
「今回はビジネスだからな、いつか社員旅行に連れて行ってやる。」
「マジっすか?約束ですからね」影山は急に元気になった。
「優作さん……。」マイケルが話しかけた。
「私もあなたについていきたい」少し照れながら言った。
「俺が先輩っすか?」影山が少し茶化した。
「うるさい。」優作が言った。
「もう、仲間ですよ。」優作はマイケルに言った。
マイケルは嬉しそうだった。
空港から優作たちを見送った。
テキサスから日本は本当に遠かった。
四 TOB発表と完了
日本に帰ると、まず、トヨトミの黒田さんと連絡を取った。
ホライズンのTOBに関することだった。
結局、暁ホールディングス、トヨトミ自動車、東明損保保険の三社連合での、
ホライズンのTOBを公式発表した。
GLに出資するグローバルファンド(GF)が、対抗して来た。しかしARKが全ての資金の流れを暴いた。
優作がARKの情報を元に先回りを続けた。
一週間後。
ついにGFは撤退を選択した。
ホライズンは、暁グループの傘下に入った。
ホライズンの新社長として、マイケル・チャンが就任した。
暁水産と、暁運送、冷蔵物流分野での技術交換が正式な体制として整った。
五 オメガ視点
GFによる対抗TOBが失敗した日、
オメガは静かに計算していた。
ホライズンは、オメガの計画に必要なピースだった。
これで、二度目の誤算になった。
一度目—優作が三年後に社会に帰ってくる。
二度目—里美が生き残り、ホライズンを失った。
オメガは計算を続ける。支配者層にも、言っていない。
本当の目的のために……。
静かに、誰にも気づかれないように。
その夜優作のインイヤーにARKが話しかけた。
『グローバルネットワークに、不自然な再計算の痕跡があります。』
「どういうことだ」
『何かが再計算しています。規模がかなり大きい、リソースを奪っています。』
「続けて調べてくれ。」
六 オメガ
拠点に戻った庄屋が、優作に報告した。
「リン・ウェイの供述内容を手に入れました。」
「何と言っている?」
「……オメガからメールが来た。」
優作はその意味を考えていた。
「ARK。」
『はい。』
「オメガという名前に心当たりはあるか?」
『ありません。』
『ただし—』
『私が感知した不自然な再計算の痕跡。』
『私が入り込めないネットワーク。』
『そして—GL研究開発部。』
『全て同一の存在です。』
「……オメガが名前か。」
『はい。』
『意味は終わりです。』
拠点は静まり返った。
暁商店街の夜はそれでもいつもと変わりなかった。




