第四章 第八幕 トヨトミの条件
トヨトミから連絡が来たのは、その一週間後だった。
――――――
拠点に、黒田が来ることになった。
一人だった。名古屋から、一人で来ていた。
庄屋が出迎えた。「……遠いところをすみません」
「いえ」黒田は拠点を見た。「……ここが、本社ですか」
「はい」
「思ったより、小さいですね」
庄屋は少し間を置いた。「……最近、よくそう言われます。元々は、喫茶店ですからね」少し笑った。
黒田は少し目を細めた。「……そうですか」
――――――
拠点の中に入った。
テーブルを挟んで、向き合った。
優作が口を開いた。「黒田さん」
「はい」
「トヨトミとしての返答を、聞かせてください」
黒田は少し間を置いた。「……三つ、条件があります」
「聞かせてください」
「一つ目。保険会社の設立に、トヨトミも出資する」
「はい」
「二つ目。ホライズンテクノロジーとの技術提携は、暁商事とトヨトミの共同名義にする」
「はい」
「三つ目——」黒田は少し間を置いた。「東明損保を、外さないでください」
優作は少し間を置いた。「……東明を」
「はい」
「東明が自動運転の保険をしない理由は、あなたが言いましたよね」
「はい」
「それでも」
黒田は静かに言った。「……東明は、トヨトミの長年のパートナーです。切ることはできません」
優作は言った「しかし、自動運転のリスクは計算できないと言いました」
「私たちが保険を始めようと思ったのも、そもそも東明が保険の設計が出来ないからでした。」
「はい」
「でも」「……一緒に学んでもらいたい」
優作は黒田を見た。「……東明を、捨てるのではなく」
「はい」
「一緒に変える、ということですか」
「そういうことです」
沈黙。
真壁が口を開いた。「……法的な枠組みが、複雑になります」
「はい」
「東明が入ることで、既存の保険業法との整合性を取る必要が出てきます」
「承知しています」
「時間がかかります」「どのくらいですか」
「……半年から、一年」
黒田は少し間を置いた。「構いません」
「本当にいいんですか」
「はい」「……トヨトミは、急いで失敗した経験があります」
拠点が、静かになった。
優作は頷いた。「……分かりました。東明も、一緒にやりましょう」
黒田は少し間を置いた。「……本当にいいんですか」
「はい」
「なぜですか」
「東明が変われば——」「……日本の保険業界が変わります」
黒田は優作を見た。長い間、見た。「……大きなことを言いますね」
「そうですか」
「普通の会社は、そこまで考えません」
「俺たちは、普通じゃないので」
黒田は少し笑った。「……片桐さん」
「はい」
「なぜ、ここまでするんですか」
優作は少し間を置いた。「日本の物流が止まったら——腹を空かせたガキに、ご飯が届かなくなります」
黒田は少し間を置いた。「……前も、同じことを言いましたね」
「はい」
「意味が、少し分かってきました」
「そうですか」
「最初は、分かりませんでした」「……でも——」
黒田は窓の外を見た。「今は、分かる気がします。」
――――――
話が終わった後、黒田は立ち上がった。
帰り際、黒田は拠点を見回した。ホワイトボード。里美が書いた文字。窓の外の暁商店街。
「……片桐さん」
「はい」
「坂本副官房長官とは、繋がっていますか」
「はい」
「法整備の話を、動かしてもらえますか」
「動いてもらうつもりです」
「トヨトミの名前を、使っていいです」
優作は少し間を置いた。「……ありがとうございます」
「礼は入りません」黒田は静かに言った。「トヨトミの工場を、止めたくないだけです」
庄屋が小声で優作に言った。「……前に、優作さんが言ってた通りっすね」
「何をだ」
「単純な理由で、人間は動く」
優作は答えなかった。
でも——庄屋の言った通りだった。
――――――
黒田が帰った後。
拠点に、全員が残った。
里美がホワイトボードに向かった。マーカーを手に取る。「保険会社——トヨトミ、東明、暁、共同設立」と書いた。マーカーを置いた。「三つが、一つになったね」
優作は頷いた。「ああ」
真壁が口を開いた。「……次は、坂本さんです」
「はい」
「法整備なしには、動けません」
「分かっています」
「坂本さんに、どう話しますか」
優作は少し間を置いた。「トヨトミが動いていると、言えばいい」
真壁は少し間を置いた。「……それだけで、動いてくれますか」
「坂本さんは、本物の政治家になりたいと言った」
「……トヨトミが動く話なら——動く理由になります」
真壁はノートPCを開いた。「……一週間、準備させてください」
「はい」
「法的な論点を整理します」
「頼む」
「それから——」「……東明の担当者にも、事前に話を通した方がいいと思います」
「そうですね」
「誰が行きますか」
優作は庄屋を見た。庄屋は少し間を置いた。「……俺ですか」
「お前が社長だろう」
「そうですけど」「東明に、会いに行け」
「はい」
庄屋は少し間を置いた。「……東明の担当者、どんな人間ですかね」
「さあ」
「また、さあですか」
「会ってみなければ、分からない」
庄屋は少し笑った。「……了解です」
里美が「ARK」と言った。
『はい』
「東明損保の担当者、調べてもらえる?」
ARKは少し間を置いた。『はい。ただし——』
「知ってる」優作が静かに言った。「時間がかかる」
『いいえ』『……すでに、始めています』
庄屋が「ARK、いつから調べてたんだ」と言った。
『黒田さんが東明の名前を出した瞬間からです』
拠点に、笑いが起きた。
窓の外に、暁商店街の灯りが見えた。




