第四章 第二幕 トヨトミ
トヨトミ自動車の本社は、名古屋にあった。
ガラス張りのビルが、空に向かって伸びている。エントランスに、最新の車が展示されていた。ピカピカだった。
庄屋は少し間を置いた。「でかいな」
「ああ」
「緊張しますね」
優作は庄屋に言った。「緊張するな」
「できません」庄屋は苦笑した。
優作は黙って歩いた。
――――――
応接室に通された。
革張りのソファ。大きなテーブル。壁に、トヨトミの歴代車種の写真が並んでいた。
しばらくして、三人の男が入ってきた。
中央の男が、名刺を出した。「……物流戦略部長の、黒田と申します」五十代。背が高い。目が、鋭かった。でも——その目の奥に、疲れがあった。
「暁商事の庄屋です」庄屋が名刺を出した。
「Satioの片桐です」優作が続けた。
黒田は優作を見た。「……Satioの、副社長ですね」
「はい」
「わざわざ、ありがとうございます」
「いえ」
全員が座った。
お茶が出てきた。誰も、手を伸ばさなかった。
――――――
黒田が口を開いた。「単刀直入に話します」
「どうぞ」
「暁運送に、トヨトミの物流を任せたい」
庄屋は少し間を置いた。「……理由を、聞かせてもらえますか」
「ドライバーが、足りない」黒田は静かに言った。「今年だけで、三百人不足しています。来年は、五百人になる」「……このままでは、工場が止まります」
庄屋はARKのタブレットを見た。数字が、流れていた。「……トヨトミさんほどの会社でも、同じ問題を抱えているんですね」
「同じどころじゃない」黒田の声が、わずかに変わった。「うちは規模が大きい分、影響も大きいです」
沈黙。
「暁運送も」庄屋は静かに言った。「同じ問題を抱えています」
黒田は少し目を細めた。「……知っています」
「なぜ、俺たちに」
「暁運送は、それでも回している」「……なぜ回っているのか、知りたかった」
庄屋は優作を見た。優作は窓の外を見ていた。
「……AIです」庄屋は続けた。「配送ルートの最適化、ドライバーの稼働管理、積載効率——全部、AIが設計しています。だから、少ない人数で回せる」
黒田は少し間を置いた。「……実は、知ってました。」
「では、なぜ聞くんですか」
黒田は静かに言った。「AIで最適化しても、人間が足りなければ、どうにもならない」
庄屋は頷いた。「その通りです」
黒田は続けた。「それでも我々は、立ち止まるわけにはいかない。」
「必要なら、手を広げなければならないでしょう。」
――――――
優作が口を開いた。「黒田さん」
「はい」
「東明損保と、自動運転の保険について話をしたことはありますか」
黒田の目が、止まった。「……なぜ、それを」
「調べました」
黒田は少し間を置いた。「……話しました。三度」
「どうでしたか」
「できない、と言われました」「……リスクの計算ができない、前例がない、責任の所在が不明確——」黒田は静かに言った。「全部、できない理由でした」
優作は少し間を置いた。「保険会社を作ろうと思っています。」
黒田は優作を見た。「……保険会社を、ですか」
「はい」
「あなたたちが」
「はい」
沈黙。
黒田は少し間を置いた。「……根拠は何ですか」
「AIがリスクを計算します。過去の事故データ、道路状況、天候、走行パターン——全部を統合して、数字にする」「東明にも、データはありますが、東明のデータは、人間が運転した時のものです」優作は静かに言った。「自動運転のデータは、別です」
黒田は少し前のめりになった。「……自動運転のデータを、持っているんですか」
「持っていません。」優作は答えた。
「持っている会社を、知っています」
「どこですか」
優作は少し間を置いた。「ホライズンテクノロジーです」
黒田の目が、わずかに動いた。「……外資ですね」
「はい」
「日本への参入を、検討していると聞いています」
「はい。俺たちが、窓口になるつもりです」
「……」
「なぜ、そこまでするんですか」黒田が口を開いた。
「トヨトミの工場が止まったら、日本の物流が止まります」優作は静かに言った。「俺たちの仕事も、止まる」
黒田は少し間を置いた。「……それだけですか」
「それだけです」
黒田は庄屋を見た。
庄屋は少し間を置いた。「……私たちは、全員が損をしない構造を作りたいんです」
「全員がですか」
「はい。トヨトミも、暁も、農家も、漁師も——誰かが損をする仕組みは、長続きしない」
黒田は少し間を置いた。長い間、庄屋を見ていた。「……若いのに、変なことを言いますね」
「よく言われます」
黒田は少し笑った。それから、表情を戻した。「……上と、話をします」
「はい」
「時間をください」
「はい」
「ただし——」「……ホライズンとの話を、先に進めてください。うちが動く前に、技術の裏付けが必要です」
優作は頷いた。「分かりました」
――――――
トヨトミのビルを出た。春の風が、吹いていた。
庄屋が言った。「……優作さん」
「なんだ」
「黒田さん、動くと思いますか」
「動く」
「根拠は」
「工場を止めたくないからだ」
庄屋は少し間を置いた。「……単純ですね」
「人間は、単純な理由で動く」
二人は少し歩いた。名古屋の、広い道だった。
「……ARK」優作は静かに言った。
『はい』
「ホライズンテクノロジーの、窓口を探してくれ」
『はい』『……すでに、こちらを調べています』
優作は少し間を置いた。「いつから」
『暁水産が、軌道に乗った頃からです』
庄屋が言った。「俺たち、ずっと見られてたんですか」
「そうみたいだな」
「気持ち悪いっすね」
「向こうも、同じことを思っているだろう」
庄屋は少し笑った。「……ARKには言われたくないですよね、」
ARKは少し間を置いた。『否定できません』
二人は少し、笑った。
名古屋の空が、広かった。




