第三章 十一幕 有馬、再び
有馬誠一のオフィスに、四人で入った。
優作。庄屋。田村。そして——坂本一馬が、スーツのまま、少し後ろに立っていた。
有馬は書類から顔を上げた。四人を見た。眼鏡を外した。「……片桐さん」「はい」「前回より、人数が増えましたね」「はい」
有馬は少し間を置いた。「座ってください」
――――――
テーブルを挟んで、向き合った。
有馬は四人を順番に見た。田村で、少し止まった。「……農協の方ですか」
「はい。岩手の田村と申します」
「農協が、この計画に関わっているんですか」
「関わらせてもらいたいと思っています」
有馬は優作を見た。「……前回と、何が変わりましたか」
優作は少し間を置いた。「前回、有馬さんに言われました。失敗した時に誰が責任を取るか、と」
「はい」
「その答えを、持ってきました」
有馬は何も言わなかった。
「農協が、地域の窓口として残ります。俺たちが失敗しても、農協は残る。農家の方々の生活は、農協が守る」
有馬は田村を見た。「……農協として、それを約束できますか」
田村は少し間を置いた。「上と、話をしました」
「農協として、地域の窓口を続けることを——約束します」
有馬は少し間を置いた。「……農協が約束するのは、初めて聞きました」
「はい」
「なぜ、動いたんですか」
田村は少し間を置いた。「……三十年前、農家の方々に無理な投資をさせてしまいました。その方が、今回この話を持ってきてくれた」「……それだけです」
有馬は田村を見た。長い間、見た。
――――――
「もう一つ、聞かせてください」有馬が口を開いた。「農業だけではなく、水産も絡んでいると聞きました」
「はい」「農業と水産を、繋げる根拠は何ですか」
優作は少し間を置いた。「魚の廃棄物を、肥料にします。海で捨てていたものを、土に返す」
有馬は少し目を細めた。「……農家と漁師が、繋がるということですか」
「はい。長崎の養殖業者が、陸上養殖を始めます。その廃棄物が農家の肥料になる。農家の作物が、直販で消費者に届く」
有馬は少し間を置いた。「……その漁師は、信用できますか」
「会ってきました」
「どんな人間でしたか」
優作は少し間を置いた。「難しいから、やりたい——そう言う人間です」
有馬は窓の外を見た。皇居の緑が、見えた。「……政治家も、来ていますね」
坂本が一歩前に出た。「坂本一馬です」「副官房長官ですね」
「はい」
「なぜ、ここに」
坂本は少し間を置いた。「高知に、廃校になった小学校があります。そのプールで、陸上養殖を始めます」「……廃校を、使うんですか」「はい。補助金の枠組みを作ります。私が、動きます」
有馬は坂本を見た。「……政治家の言葉は、信用できません」
「そうですね」坂本は頷いた。「だから——」「動いてから、判断してください」
沈黙。
――――――
有馬は眼鏡を外した。テーブルの上に置いた。「……片桐さん」
「はい」
「なぜ、ここまでするんですか」
優作は少し間を置いた。「腹を空かせたガキに、ご飯を届けたい」
有馬は少し目を細めた。「……それだけですか」「それだけです」
有馬は四人を見た。農協の田村。副官房長官の坂本。そして——「……もう一人、聞いていいですか」有馬は庄屋を見た。「あなたは、どういう立場ですか」
庄屋は少し間を置いた。「……元ギガ・リンクです」
有馬の目が、止まった。
「GLにいた時、農協を潰しにかかる動きを見ていました」庄屋は静かに言った。「GLだけの考えじゃなかったかもしれない、と今は思っています」
有馬は庄屋を見た。長い間、見た。何も言わなかった。
「……俺は、それが嫌だった」庄屋は続けた。「だから、抜けました」
沈黙が、部屋に満ちた。
窓の外で、ヘリコプターが飛んでいった。
――――――
有馬は眼鏡をかけ直した。資料を手に取った。しばらく、見ていた。
「……一つ、条件があります」有馬は静かに言った。
「聞かせてください」
「半年後に、もう一度ここに来てください」「農協が窓口として機能しているか。陸上養殖が動いているか。農家の生活が、壊れていないか」「……それを、見せてください」
優作は少し間を置いた。「……承認は、いただけますか」
有馬は少し間を置いた。「……条件付きで」
優作は頷いた。「ありがとうございます」
「礼はいりません。」有馬は資料に目を落とした。「……半年後、結果を楽しみにしています。」
それだけ言って、また書類に目を落とした。
――――――
廊下を歩いた。エレベーターを降りた。外に出ると、春の風が吹いていた。
坂本が言った。「……片桐さん」
「はい」
「半年、あります」
「はい」
「やりましょう」坂本は少し間を置いた。「本物かどうか——これから決まります」
優作は頷き、握手をした。
坂本は頭を下げた。田村も頭を下げた。二人が、別れた。
――――――
優作と庄屋だけが、残った。
霞が関の、人通りの少ない路地だった。
「……優作さん」庄屋が言った。
「なんだ」
「有馬さん、動きましたね」
「ああ」
「GLだけの考えじゃなかったかもしれない、って言った時——有馬さんの目が止まりました」
「気づいていたか」
「はい」
庄屋は少し間を置いた。「……有馬さん、何か知っていますね」
優作は答えなかった。
「ARK」
『はい』
「有馬さんの、経歴を調べてくれ」
『はい』『ただし——』
「知ってる」優作は静かに言った。「時間がかかる」
風が、路地を抜けていった。
春の霞が関に、人が行き交っていた。
その中を、二人は歩いた。




