第三章 第七幕・二 農協
第三章 第七幕・二 農協
佐藤義男から、電話が来たのは翌週だった。
「……片桐か」
「はい」
「農協の担当者に、話をした」
「そうですか」
「来週、会えると言っている」
優作は少し間を置いた。「……ありがとうございます」
「礼はいい」「わしも、同席する」
優作は少し間を置いた。「……もちろんです」
電話が、切れた。
――――――
岩手県。農協の支所は、町の外れにあった。古い建物だった。駐車場に、軽トラが三台止まっていた。
優作と庄屋が、受付に声をかけた。
しばらくして、一人の男が出てきた。
五十代。少し猫背。目が、疲れていた。でも——佐藤と並んで座った時、目つきが少し変わった。申し訳なさそうな目だった。
「……田村と申します」男は静かに言った。「佐藤さんには、長い間お世話になっています」
佐藤は何も言わなかった。ただ、腕を組んでいた。
「……三十年前のことは」田村は続ける。「今でも、引っかかっています」
「引っかかっている?……それだけか」佐藤が言った。
田村は俯いた。「……本当に申し訳ありませんでした」
佐藤は少し間を置いた。「今さらだ。もういい」
田村は顔を上げた。「……佐藤さん」
「話を聞いてやれ」佐藤は優作を顎で示した。
――――――
優作は資料を出した。農地集約の仕組み。収益の分配。暁運送による直販。
田村は黙って聞いていた。途中で、何度か資料に目を落とした。最後まで、何も言わなかった。
しばらく、沈黙が続いた。
「……農協は」田村がゆっくり口を開いた。「この計画の中で、どこにいるんですか」
「今と、同じ場所です」
田村は少し間を置いた。「……今と、同じ」「農家の方々が困った時、最初に相談する場所は農協のままです」
田村は資料を見た。「……暁商事は」「農協が届かない部分を、担います」
田村は少し間を置いた。「つまり」「……農協は、残るということですか」
「はい」
田村は資料から目を上げ、優作を見た。
「農協に、助けてもらいたいんです」優作は田村の目を見て話した。
田村の目が、わずかに動いた。
――――――
庄屋が口を開いた。「……俺は以前、ギガ・リンクにいました」
田村の顔が、止まった。
「GLは農協を敵だと思っていた。邪魔な既存インフラだと思っていた。だから潰しにかかった。」庄屋は少し間を置いた。「……今思えば、GLだけの考えじゃなかったかもしれない」
庄屋は続けた。「でも——農協がなければ、日本の農業はもっと早く壊れていたはずです。俺は、GLにいながら、それを見ていました」
田村は庄屋を見た。長い間、見た。「……GLを、辞めたんですか」「はい」「なぜ」「……優作さんに出会ったからです。」
田村は優作を見た。優作は資料を見ていた。「……変な男ですよね」田村が言った。「そうですね」庄屋が答えた。
「ふん」佐藤が鼻を鳴らした。
――――――
田村が口を開いた。「この計画が、うまくいかなかった時——農家の方々は、どうなりますか」
優作は少し間を置いた。「農協が、まず動いてください」
田村は少し目を細めた。「……暁商事より、先にということですか」「はい」「なぜですか」「農協の方が、農家の方々の生活を知っている。俺たちより、ずっとよく知っている」
田村はしばらく、何も言わなかった。
「……約束できますか」田村が言った。「農協が最初に動けると」
「約束します」
沈黙。田村は資料を閉じた。「……上に、話を通します」
「ありがとうございます」
「通るかどうかは、分かりませんが」
田村は少し間を置いた。「でも——」「……私は、やりたいと思っています。」
佐藤が口を開いた。「……田村」「はい」「お前が頭を下げ続けていたのは、知っている。」
田村は俯いた。
「……だから、話をつないだ」佐藤は静かに言った。「それだけだ」
田村は顔を上げなかった。肩が、わずかに震えていた。
――――――
帰り道。軽バンで、農道を走っていた。
「……優作さん」庄屋が言った。
「ああ」
「田村さん、本物ですかね」
「さあ」
「また、さあですか」
「見ていれば、分かる」
庄屋は少し間を置いた。「……でも、佐藤さんは三十年間、田村さんを見ていた。」
「そうだな」
「佐藤さんが連れてきた人間なら——信用していいと思います」
優作は少し間を置いた。「……なぜだ」
庄屋は少し間を置いた。「佐藤さんは、簡単に人を信用しない人だから」
優作は答えなかった。
――――――
「……ARK」優作は静かに言った。
『はい』
「有馬さんに、もう一度会いたい。」
ARKは少し間を置いた。『今度は、何を持っていきますか』
「答えじゃない」「……農協と、一緒に行く」
沈黙。
『……有馬さんが恐れているのは、地域の秩序が壊れることです。』
「ああ」
『農協が残るなら——その恐れは、消えるかもしれません。』
「消えるだけじゃ足りない」
優作は窓の外を見た。田んぼが、続いていた。「有馬さんに、あの人に一緒に動いてもらいたいんだ」
ARKは少し間を置いた。『……それは、私には設計できません』
「分かっている」
庄屋は前を向いたまま言った。「……俺も、連れて行ってくれますよね」
「なぜだ」
「……GLの話を、有馬さんにもしたい」
優作は少し間を置いた。「分かった」
農道が、続いている。田んぼの横の用水路には、水が流れていた。




