第5話:朝焼けのスマイル
翌朝。
優作がいつも通り出勤すると、
里美はすでにレジに立っていた。
開店前の店内。
椅子がまだテーブルの上に上げられたままで、
床がワックスの匂いをかすかに残している。
里美はレジのロール紙を確認しながら、
優作が入ってきた音に気づいて顔を上げた。
目が、少し赤かった。
「……優作さん。おはよう」
「おはようございます」
優作はエプロンを手に取りながら、
里美の右手に目をやった。
今朝刷ったらしい経済ニュースの紙が、
握りしめられている。端が、少し皺になっていた。
「……何か、いいことでもあったんですか」
とぼけた声で言いながら、
フライヤーの温度計を確認する。
里美は少しの間、何も言わなかった。
紙を見て、優作の背中を見て、また紙を見た。
「昔ね」
里美がぽつりと言った。
「うち、工場やってたの」
優作は何も言わなかった。
「最後の日、父がね」
一拍。
「“あと十分あれば間に合った”って言ったのよ」
笑った。
全然、笑っていなかった。
「馬鹿みたいでしょ」
優作は、何も言えなかった。
「……GLロジスティクス」
静かな声だった。
「今朝、倒産したわ。
一瞬で。原因不明の資産消失、だって」
優作はフライヤーのダイヤルを回した。
「そうですか」
「十年前に潰された父の工場ね。
あそこへの不当な取引停止、
GLが絡んでたって、ずっと思ってたの。
……証明はできなかったけど」
「……そうでしたか」
「神様っているのかもね」
里美がそう言った。それから、少し間があって。
「それとも、とびきり性格の悪い魔法使いか」
優作は振り返らなかった。
ポテトをフライヤーに沈める。
ジュワッ、という音が上がる。
「……魔法使いですか」
「いると思う?」
「さあ」と優作は言った。
「いるといいですね、店長」
里美が、小さく笑った。
優作には見えなかった。
背中越しに、気配でわかった。
三ヶ月一緒に働いて、
里美がそういう笑い方をしたのを、
初めて聞いた気がした。
声にならない、ほんの少しの息の音。
「……今日も忙しくなるわよ。
ちゃんとスマイル、用意しといてね」
「はい」
優作はポテトが揚がるのを見ながら、答えた。
朝の光が、店のガラス越しに差し込んでいた。




