第十七幕 狂犬
第一場: 狂気
ギガ・リンク本社、三十二階。深夜。黒川は端末の前に座り、
モニターを見続けていた。
モニターの中の数字がどんどん溶けていっていた。全国の報奨金の支払い総額。GLから流出金額の累計。
『筆頭株主から連絡が入りました。』
「私です……はい、……なんとか、……はい、別の手を考えています。」
黒川は連絡を切った。
……止まらない。行政と法務をつかった。取引先に圧力もかけた。だが、跳ね返された。
俺が考えたルールまで利用された。
「お前は、俺が動くのを、待っていたのか」
黒川は、窓の外を見た。東京の夜景が広がる。いままで全力で動いてきた。
そうすることで、すべてを吹っ切るかのように、だが、今、立ち止まっている。
今の夜景は、昨日までの意味と違って見えた。
ルール上で倒そうと思っていた。倒せると思っていた。だが、時間がかかれば、
敵はどんどん強く、大きくなる。
「……許さん」
「ルールで倒れないのなら、ルールに従うのはもう止めだ」
『それは、論理的では、ありません』
「うるさい。」
黒川が、三十年間見せなかった姿を初めて見せた。
「暗部を呼べ」
『……落ち着いてください』
黒川は、端末のスイッチを切った。
「Satioの人間を直接潰せ。場所を特定した。」
部下は、聞き返そうとした。「……それは」
「俺の命令だ」
「……承知しました。」
あの日、凍りついた壊れた心に、また感情が戻り始めていた。
第二場: 兄貴
暁商店街、深夜、瀬戸は、一人で商店街の端末を点検保守をしていた。
商店街の薄暗い街頭の向こうから、誰かが近づいてくる。
「瀬戸さん、せいが出ますね」影山が缶コーヒーを二つ持って現れた。
「夜中のコーヒーはうまいっすね」少し笑っていた。
「ありがとう」
「瀬戸さん、ちょっと聞いていいですか?」
「なんだ?」
「世界征服のメールが来た時、俺はね、やったって思ったんだ」
「優作兄貴が何かすごいことをやると思って飛びついた。」
「うん」
「でもさぁ」
「瀬戸さんは、なんか、そんなノリじゃない気がするんですよ、」
影山はコーヒーを一口飲んで続けた。「どうして、一緒にやる気になったんですか」
瀬戸も一口飲んだ。「……優作兄貴は天才だ。」
「今回のGLの件もそう、ずっと前から考えて、チャンスを待てる人。」
「いつもはるか先のことを考え、合理的に動く人だった」
「覚えているだろう」
「あの十分休憩を削った件」
瀬戸は一息ついた。
「—いくら効率的でも、休憩時間をギリギリまで削るなんて、
やり過ぎだと凛さんが初めて、優作兄貴に抗議しても、
規定の範囲内だと、優作兄貴は自分の意見を通して削った。」
「そうだったっすね」影山が言った。「休み時間けずるなんて、兄貴はひどいっす」
「ああ」「まさか成田がさらに十分削るとは、思いもしなかったが、」
瀬戸はコーヒーをまた一口飲んだ。
影山が言った。「あの後、凛さんに届いたメールで優作兄貴をすごい怒ってましたね」
「ああ」「アフリカで五人の子供が亡くなった事件だな、凛さんにメールが届いた件」
「優作兄貴、あれにはだいぶまいってたっすね」「完璧超人の兄貴が別人になって、消えるように会社を辞めていったっすね」
「俺たちが成田の行為に気がついたのは、兄貴が消えたあとだった。」
影山が少し怒ったように、「三十分の休みがいくらなんでも十分はないっす」
「ほんとだよ、それは削りすぎだ。」
「結局成田は、全て兄貴のせいにして、自分の罪をまぬがれた。」
「俺はな、ただ、凛さんが心配だった。」
「凛さんの様子、兄貴が消えてからおかしかったっすもんね」
瀬戸は空を見上げ、思い出すように「結局、凛さんも会社を辞めてしまった。」
「お前も兄貴がいないとつまらないと辞めたじゃないか」
影山は少し笑った。
「その通りっす」
瀬戸はもう一口コーヒーを飲んだ。
「お前らしいよ」
「優作兄貴と凛さん、それにお前、—これはもうチームじゃない」
「もう成田の下で仕事は出来ないと、俺も判断して辞めた。」
影山が言った。「結局チーム全員辞めたっすね」
「ああ」「あれから三年。凛さんとは連絡を取り合ってたんだ」
影山、気づかれないように細い目で、「ふーん」
「そこにARK という知らないアドレスからメールが届いたんだ」
「俺にも届いたっすよ」
世界中の子供にパンを届けたい。そのために世界征服を手伝ってほしい。
これは俺のわがままだ。
瀬戸は続けた。「凛さんに連絡したら、声にならない声で参加すると言ったんだ。」
「だから俺も兄貴について行くことに決めた。」
「重いっすね」影山は少し軽い感じで
「優作兄貴についていったら、ワクワクする何かが見れる。そんな気がするんすよね」笑った。
「俺がついて行くのはそんな理由っす。」
影山は、缶コーヒーを飲み終えると、拠点に足を向けた。
瀬戸は小さく、「俺だって兄貴を信じてる」小さな声でつぶやいた。




