第十九幕 痛み
黒川はGLのビル三十二階に戻ってきた。満足したはずだった。
窓の外を見る。そこには、いつもと変わらない夜景が広がっていた。
いつものデスクに座る。指先で机を叩く。立ち上がる。再びデスクに座る。端末に手が伸びる——止めた。
窓に映った自分に気が付く。「……お前は、誰だ」
――――――
少し前に戻る。
黒川たちが去ったあと、Satioスルーの店内は、外装も完全に破壊されていた。割れたガラス、散乱する商品、ひび割れたショーケース。
その一角に、瀬戸が倒れていた。真壁と影山が、瀬戸に近寄る。
「瀬戸、大丈夫か?」真壁が聞く。
「……」返事がない。
「瀬戸さん」影山も呼びかける。
しかし、やはり返事はなかった。
「おい、救急車、救急車を呼べ」真壁が叫んだ。
影山が電話で話している最中、凛が飛び込んできた。
「瀬戸さん」凛は半狂乱になりながら、瀬戸に抱きついた。
真壁は凛の肩を掴んで、「今は動かさないほうがいい」と言った。
――――――
同じ頃。「じいちゃん」
「賢治、お前、少し弱くなったんじゃないか?」
「なんでここにいるんだよ」
「偶然通りかかっただけだ」
庄屋はじっと祖父を見た。「そんな訳ないだろ」そう言いながら、優作のほうを見た。
ボロボロになったコンビニ、倒れた瀬戸、泣き叫ぶ凛。
優作は……足を踏み出せなかった。
――――――
救急車が到着した。庄屋は優作に声を掛けられなかった。
病院は、静かだった。影山と真壁は、廊下に立っていた。優作と凛は、椅子に座っていた。庄屋は拠点で、留守を守っている里美と連絡を取っていた。
処置室から看護師が出てきた。真壁が尋ねた。「あの、瀬戸は——」
「今からCTを撮ります」看護師は答えた。
凛は堪えきれず、ハンカチを濡らしていた。
影山が殴られた頬を撫でながら、壁に背中を預けている。
真壁が「大丈夫か?」と尋ねた。
影山が「大丈夫っす」と答えた。「ショーケンさん、強いっすね」
庄屋が答えた。「少し、弱くなった」
医者が処置室から出てきた。「脳に損傷が見られます。今は安定していますが、様子を見る必要があります。意識が戻るまで、なんとも言えません。ICUに移します」
――――――
少し前。
その夜、Satioのメンバーが病院にいる時、里美は一人で拠点にいた。
それは突然のことだった。ARKのモニターに、瀬戸が暴漢に襲われる姿が映った。
『緊急事態です。Satioスルーが破壊されています』
凛は瀬戸が殴られるのをモニターで見て、すぐに駆け出そうとした。
「待ちなさい」里美は凛を抱き止めて、「真壁さん、影山くん、お願い」と言った。
「放して」凛が言った。「あなたが行っても何もできないわ」
里美は強く、凛を抱き止めた。黒川たちが帰った時、凛は手を振りほどいて走っていった。
モニターを見ながら、里美の目から大粒の雫がこぼれた。
一人、拠点で留守を守りながら、無事を祈っていた。
――――――
夜が明けた。




