第十四幕 優作のわがまま
月曜日。Satioの拠点に、見慣れない車が止まった。役所からの車だった。
「すみません、お話がありますが」
里美が検査員二人と対応する。
「通報がありました。立ち入り検査させてもらえますか」
検査員は書類を見せた。建築基準法違反の疑い。衛生基準の未達。消防設備の不備。三点。
里美は書類を受け取り、優作に目配せした。
里美は検査員に向き直り答えた。「ご指摘の通りです。ただ、早急に対処いたしますので、少し時間をいただけませんか」
「営業停止の可能性も——」
「十日で結構です。時間をください。お願いします」
検査員は、お互いに少し話し合った。「十日で対応できますか」
「できます。お願いします」
「ここにいる全員で、直します」
検査員は、十日後にまた来ると言って帰った。
――――――
真壁がファイルを開いた。「許可は取ってありましたので、法的に戦えます。ただ——」
「戦わない」優作は答えた。「十日で直す。文句が出ない状態に」
真壁は声を荒げた。「たった十日で? 無理です。人材が足りません」
「それでもやるんだ」
「どうして」
「俺たちの目的は、世界中のガキにパンを届けることだ」
優作は続けた。「世界中にベーシックインカムを構築して、子供が飢餓や貧しさで死なない世界を作る。今の世界を変える。つまり、世界征服だ」
「この程度の障害、簡単に乗り越えられなくて、どうして世界征服ができるんだ」
真壁は黙った。
立花が、まっすぐに優作を見た。「……本気なのか」
「私のわがままです。しかし、どうしても実現したい」
立花は優作を見ながらしばらく考えた。
「夢でも見ているのか?だが——今だけは力を貸してやる」「……図面を出せ。見てやる」
影山が言った。「立花さん!」
「でかい声を出すな。なんとかしてやる」
立花は昔の仲間に電話をかけた。大工、配管工、電気工。みんな、古くからの仲間だ。
「資材も何とかなるだろう。当てがある。」
――――――
十日間、立花を中心に、職人たちが動いた。
影山のバイク仲間が、工具を持って集まったってくれた。
「青山、すまない。助かるよ。」
影山はバイク仲間に声をかけた。
「影山さんが声をかけたら、そりゃ、来ますって」
青山は笑った。「なぁ、みんな」
「おう」
みんな頼もしかった。
鈴木が資材を調べ、カブで走り回った。
真壁がARKを使って、最短ルートでの資材調達と、役所への申請書類の自動生成をサポートした。資材調達は立花のつてで、驚くほど早く届いた。
里美が検査員との連絡を取り続けた。
瀬戸が品質を調べた。
庄屋も新たに資材の調達ルートを開拓した。十分な資材を確保した。
ARKが工程を管理した。人が管理するより数十倍の効率を上げた。
凛がみんなに握り飯を作った。
「凛さん。おいしいです。ありがとう。」
仲間の士気が上がった。
優作は最後の仕上げに立ち会った。
誰も、弱音を吐かなかった。
――――――
十日後の朝、全ての工程が終了した。
立花が立ち上がり、商店街を見渡した。「……よし」
里美が言った。「本当にお疲れさまでした」
午前十時。検査員が来た。商店街を歩いた。書類を確認する。
「……合格です」
影山が叫んだ。「やったぞー」
立花が「うるさい」と言った。
――――――
その夜。黒川の端末が報告した。『検査に合格しました』
「……十日で直したか」
『はい』
「次は、吉田という農家と接触しろ」
――――――
翌朝。吉田の家に、見慣れない車が来た。人の良さそうな男が二人、義雄に挨拶してきた。
「はじめまして。GL物流と申します」
「なんの用だ」
「吉田さんの野菜、素晴らしいですね。ぜひ私どもと取引をしていただきたくて、参りました」
「出せるだけなら、出そう」
「いいえ、そうではなくて、我が社の専属農家になっていただきたく、ご相談させてください」
「どういうことだ」
「吉田さんの野菜を、時価の一・二倍で買わせていただきます。その代わり、よそには売らないでいただきたい」
「……帰れ」
「吉田さん、規格外の野菜も、すべて買い取りますよ。ご検討いただけませんか」
「帰れと言った」
男たちはしばらく立っていたが、吉田が振り向くと、消えていた。
「……タエちゃんの店の惣菜は、うちの野菜じゃないとだめだ」
ぼそっと呟いた。
吉田は無言のまま、畑仕事を続けた。
――――――
次の日の朝、吉田はトラックでタエの店に来た。「義雄さん。いつもありがとう」
「……昨日、業者がうちに来た。買い占めたいと言ってきた」
「え」
「断った」
「……ありがとう」
「ただ、何が起きているんだ」
「心配しないで。大丈夫」
タエは笑顔で吉田を送ったが、すぐに拠点に足を運んだ。会議室には優作がいた。
「大変だよ」
「知っています」
「タエさん」
「なんだい」
「規格外野菜は、もっと使える場所があります」
「学校の給食や、福祉施設。吉田さんの野菜が必要な場所は、たくさんある」
タエは答えた。「吉田さんに話をしてみるよ」
「ありがとうございます」
「嫌だと言われたら、それまでだからね」
「もちろんです」
タエは帰っていった。
里美が言った。「タエさん、自分から来てくれたね」
「そうですね」
「吉田さん、OKしてくれたらいいね」
「はい」
優作は窓を見ていた。タエが電話で話しながら帰る背中を、見ていた。




