第十五幕 敵のルールで勝つ
真壁が、拠点のテーブルに資料を広げた。
「これが、ARKに調べてもらったGL物流の下請け契約です」
全員が、テーブルを囲んだ。
「注目するべきは、ペナルティー条項です。配達が十分遅刻した場合、保証金——代金の五パーセントを、違約金として徴収する」
真壁は続けた。「そしてもう一つ。報奨金条項。配達が十分早い場合、代金の五パーセントを報奨金として支払う」
「一見、対等な取引に見えます。しかし——」
真壁はファイルの一枚を指した。「実際に報奨金が支払われた記録は、ほぼゼロです。ペナルティーだけが、確実に取られています」
優作は契約書を、しばらく見ていた。
「……構造は単純だ」
「一つ目。業者は、一定時間を過ぎれば保証金を没収される。だから必死に走る」
「二つ目。GLは、規定時間より十分以上短縮した場合、達成報酬を支払うと約束している」
庄屋が質問する。「そんなの、成立しますか」
「しない。普通はな」
「じゃあ、どうしてそんな条項を——」
「業者には、渡らないからだ」
拠点が静まり返った。
「黒川は、報奨金が発生しない前提でこれを業者に約束させている。業者は自分の保証金を取り戻すために必死で走る。GLは、発生しない成功報酬を約束しているだけだ」
庄屋は生唾を飲み込んだ。「……全部、GLが没収するんですか」
「ああ。業者の保証金は、すべてGLの口座に行くことになる」
「どうしてこんな不利な条件を飲むんですか」瀬戸が聞いた。
「GLは大手物流だ。逆らうと、仕事がなくなる」
真壁が聞いた。「この仕組みを、どうするんですか」
優作はホワイトボードに書き込んだ。
「俺がARKとアプリのコードを書く」
「ARKが最適ルートを計算して、アプリが配達タイミングを業者に伝える。業者は必ず、十分早く届けられるようになる」
「ペナルティーはゼロ。業者は報奨金を得る」
「Satioはその三十パーセントを貰う。残り七十パーセントが、業者のものだ」
庄屋が聞いた。「その原資は」
「GLのオフショア口座。二百四十億ドルだ」
庄屋は息を呑んだ。「……あの、黒川の金ですか」
「ああ」
「ルールができましたね」
「そうだ」
庄屋は言った。「……ずっと、待っていたんですか」
「ああ。最初から、設計図の中にあった」
――――――
朝六時。暁商店街のはずれ、物流センター。
「なんすかこのアプリ?」助手席の見習いが、スマホを覗き込んでいる。
「昨日、Satioって会社から、成功報酬三十パーセントで、そのアプリ使わないかって」
佐藤は笑いながら言った。「美人社長が売り込みに来てな。思わず入れちまった」
「まぁ、ダメで元々だ。使ってみようぜ」
画面に表示が出る。
現在ルート、成功確率十二パーセント。
「ほぼ、十パーセントですね」
ARKルート、成功確率九十パーセント。
「はぁ?」
『ARKルートを選択しますか?』
画面に、YesとNoの二択が浮かんだ。
「するだろ、そりゃ」
佐藤は迷わずYesを押した。
『このまま直進』
「え?」
いつもなら、ここで右に曲がる。左を見れば近道があるはずだった。だが、画面は直進を示している。
「このまま行けば、工事中なんだが——」
『直進です』
佐藤はアクセルを踏んだ。
工事中の看板が見えた。「ほら、やっぱり」
『左車線へ移動してください。工事区間、本日五時に終了しています』
「……え」
道は綺麗に舗装されていて、自分以外のトラックはまだ走っていなかった。
『次の信号、今のうちに加速してください』
アクセルを踏んだ。信号が黄色になる前に、交差点を通過した。バックミラーの中で、後続車が信号に捕まっていた。
「タイミング、バッチリ」
『次、右側の路地へ』
対向車が来れば終わりだった。来なかった。
路地を抜けた瞬間、幹線道路に出た。信号は青。そのままアクセルを踏む。
「……これは」
「すごいっすね」見習いが言った。
「信号が全部青だ」
『目的地まで、あと三分』
いつものルートを走る他のトラックは、渋滞にはまっていた。
「すごい」
「完全に、導かれてる」
配送完了。スマホが震えた。
画面に、結果が表示された。
成功。
保証金一万二千円、全額返還。報奨金発生、一万二千円。Satio成功報酬、三千六百円。今回の受取額、八千四百円。
「……は? 八千四百円でも、保証金一万二千円は戻ってきてる」
見習いが言った。「三千六百円は持っていかれてます。でも、アプリを使ったほうが儲かりますね」
佐藤はスマートフォンの画面を、しばらく眺めた。
「これは、止められないな」
佐藤は、笑いが止まらなかった。




