第五幕 トラブルと、三人の援軍
暁商店街の入口に、警告音が響いた。
ピーッ。
短く、しかし確かに。
トメさんが、端末の前で立ち尽くしていた。
「……あら」
カメラを見る。
ピーッ。
また鳴った。「……あら、あら」
トメさんは首をかしげた。昨日まで、こんなことはなかった。
タエが飛んできた。「どうしたの、トメさん」
「入れないのよ、今日は」
タエは端末を見た。それから影山を見た。
影山は青文堂の設置作業中だった。「影山くん!」
影山が駆けてくる。「どうしました?」
「どうしたじゃないよ。トメさんが入れないじゃないか」
影山は端末を確認した。首をかしげる。設定は変えていない。昨日まで動いていた。
「……ちょっと待ってください」
タブレットを開く。ログを確認する。分からない。
「すみません、少し時間をください」
「時間って、トメさんを立たせておくの?」
「あ、すみません、トメさん、中へどうぞ——」
ピーッ。また鳴った。
トメさんは困った顔で影山を見た。「……私、何かしたかしら」
影山は頭を抱えた。
――――――
一時間後。影山は拠点のドアを勢いよく開けた。「優作さん!」
優作はノートPCの前に座っていた。「見てた」
「え?」
「ARKから聞いた」
影山は肩を落とした。「すみません。直せなくて」
「お前の専門じゃない」
「でも、タエさんに怒鳴られて、トメさんに申し訳なくて——」
「影山」
優作が静かに遮った。「技術は俺が直す。でも——」
一拍。「タエさんとトメさんのフォローは、お前にも俺にもできない」
影山は顔を上げた。「……どういう意味ですか」
「人間を呼ぶ」
――――――
翌日。
暁商店街の入口に、一台の赤いミニが滑り込んできた。
ドアが開いて、降りてきたのは——二十代後半。黒髪を無造作にまとめている。大きなトートバッグ。歩き方が、どこか軽い。
「久しぶりです、優作さん」
一ノ瀬凛は、商店街を見回して言った。「……思ったより、静かですね」
「今はまだな」
「今は、ということは」「賑やかになる」
凛は少しだけ笑った。「優作さんが言うなら、そうなるんでしょうね」
「で、私は何をすればいいですか」
「タエさんのところへ行け。怒っている」
「怒っている人のところへ、いきなりですか」
「お前は得意だろう」
凛はトートバッグを肩にかけ直した。「……手土産、買ってきてよかった」
「何を買った」「和菓子です。怒っている人には甘いものが一番です」
影山が小声で優作に言った。「……凛さん、変わってないですね」
優作は小声で返した。「一番大丈夫な人間だ」
――――――
凛がタエの店に入ったのは、午前十時だった。出てきたのは、正午過ぎだった。
影山が拠点の窓から、ずっと気にしていた。「……大丈夫ですかね」
「大丈夫だ」
「でも二時間ですよ」
「タエさんが話し好きなんだろう」
やがて凛が戻ってきた。手のトートバッグが、少し重そうだった。
「何が入ってるんですか」影山が聞いた。「惣菜です。タエさんに持たされました」
「怒ってたんじゃ……」
「最初だけです。話せば分かる人です」
凛はトートバッグをテーブルに置いた。「それから、トメさんのことも聞きました」
優作が顔を上げた。
「トメさん、昨日から来てないそうです。恥ずかしくて来られないみたいです。
警告音が鳴って、周りの人に見られたから」
影山が頭を抱えた。「……そんな」
「だから今日の午後、トメさんの家に行ってきます」
「一人でか」
「影山さんも来てください。謝る人間が必要です」
影山は背筋を伸ばした。「はい」
「それから——」凛は優作を見た。「システムに、一つ機能を追加してほしいです」
「何だ」
「警告音を、もっと小さくしてください。
それと——戸惑った人が出た時に、優しく案内する音声を入れてほしいです。
怖い音じゃなくて、『もう一度試してみましょう』みたいな」
優作は少し間を置いた。「……分かった」
凛は頷いた。「あと、タエさんが言ってました」
「何を」
「『あの子はいい子だ』って」
影山が「あの子って俺ですか」と言いかけて、止めた。
凛が「影山さんのことです」とあっさり言った。
影山は少しだけ、照れた。
――――――
その日の夕方。凛と影山が、トメさんの家から戻ってきた。
「明日、来てくれるそうです」凛が答えた。
「トメさんが?」
「はい。『VIPなんだから、堂々と行かなきゃ』って」
影山が笑った。「トメさん、かっこいいですね」
里美がホワイトボードに書き込んだ。「一ノ瀬凛——合流」その下に小さく「トメさん——VIP継続」
――――――
翌朝。トメさんが、タエの店の入口に立った。
端末のカメラを、まっすぐ見る。
ピッ。
「いらっしゃいませ、トメさん」
穏やかな合成音声が、名前を呼んだ。
トメさんは、小さく頷いた。それから、背筋を伸ばして店に入った。
タエが、カウンターの奥で腕を組んでいた。目が合った。何も言わなかった。ただ、いつもより少し、深くお辞儀をした。
トメさんも、お辞儀を返した。
それだけだった。それで、十分だった。




