表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/38

第四幕 暁ペイ

三日後。


影山が、青文堂の引き戸を開けた。


小型の端末を、両手で抱えている。


「源さん、持ってきました」


源は本から顔を上げた。眼鏡越しに、端末を見た。

「……小さいですね」


「入口に一台、出口に一台です。あとこれ」


影山はタブレットをカウンターに置いた。

「売上と、人の流れが、ここで見えます」


「触らなくていいですか」


「触らなくていいです。見るだけです」


源は腕を組んだ。「……店の中には、何も置かないんですね」


「はい。お客さんは入って、選んで、出るだけです」


「万引きは?」


「承認なしで出ると、音が鳴ります」


「音は大きいですか」


「小さいです。威圧しない程度に」


源は少し間を置いた。「……静かな番犬ですね」


影山は笑った。「うまいこと言いますね」


「褒めていません」


「すみません」


――――――

設置は一時間で終わった。


影山が動作確認をしている間、

源はカウンターから黙って見ていた。


「影山さん」


「はい」


「あなたは、何者ですか」


影山は手を止めた。「え?」


「優作さんの会社の人ですね。

でも、ITコンサルタントには見えない」


「……バイク屋です、本来は」


源は少し目を細めた。

「バイク屋が、決済システムを設置している」


「色々あって」


「優作さんに拾われた?」


影山は少し考えて、笑った。「……まあ、そんな感じです」


源は静かに頷いた。「そうですか」


――――――

翌朝。


青文堂の開店と同時に、最初の客が来た。六十代の女性だった。


常連らしく、迷わず奥の棚へ向かう。文庫本を一冊手に取り、出口へ向かう。


端末の前で、スマホを出す。アプリを起動する。


ピッ。


それだけだった。


女性は振り返って、源に声をかけた。「あら、便利ね」


源は答えなかった。ただ、タブレットの画面を、そっと覗いた。


売上。一冊。二百円。時刻。午前十一時四分。


「……本当に入った」


小さく呟いた。誰にも聞こえない声で。


――――――

三日目。


タエが、青文堂の前で立ち止まった。


影山が設置作業をしているのを、腕を組んで見ていた。「……何それ」


「決済システムです」


「うちには関係ない話ね」


「そんなことないですよ。タエさんの店にも入れませんか」


「いらない。うちは現金で十分」


影山は少し間を置いた。「タエさん、常連のお客さんって、多いですよね」


「まあね」


「毎日来てくれる人とか」


「いるよ。みっちゃんとか、トメさんとか」


「スマホ、持ってますか、その人たち」


タエは少し考えた。「……持ってない人もいるねえ」


「そういう人のために、VIPっていうサービスがあります」


「VIP?」


「顔パスで入れます。現金で払えます。スマホいりません」


タエは眉をひそめた。「顔パスって、どういうこと」


「カメラが顔を覚えてくれます。一回登録すれば、あとは顔を見せるだけです」


「……うちのトメさん、八十二よ」


「大丈夫です。簡単です」


タエは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。「……トメさんが使えるなら、考える」


「一緒に試してみますか」


「トメさんが嫌だって言ったら、即撤去ね」


「はい」


タエは鼻を鳴らした。「バカにしたシステムだったら、承知しないよ」


「はい」


「返事だけは一人前だね」


影山は笑った。どこかで聞いたような言葉だった。


――――――

その週の土曜日。


トメさんが、タエの店にやってきた。八十二歳。小柄で、白髪を後ろで束ねている。


影山が入口で待っていた。「トメさん、今日はちょっと新しいことを試させてもらえませんか」


トメさんは影山を見上げた。「あんた、誰?」


「影山といいます。よろしくお願いします」


「何をするの」


「顔を、一回だけ覚えてもらいます。次からは顔を見せるだけで入れます」


「顔を覚える? 機械が?」


「はい」


トメさんは、端末のカメラをじっと見た。「……痛い?」


影山は笑いそうになるのを、こらえた。「痛くないです。ただ見るだけです」


「そう」


トメさんは端末の前に立った。カメラを、まっすぐ見た。


ピッ。


「登録完了です」


「もういいの?」


「もういいです」


トメさんは小さく頷いた。「……簡単ねえ」


それだけ言って、店の奥へ歩いていった。


――――――

会計の時。


トメさんは財布から、百円玉を二枚出した。小さな端末に、入れる。


ピッ。


「ありがとうございました」


合成音声が、静かに流れた。


トメさんは、端末を見た。「……お礼まで言ってくれるの」


「はい」


「丁寧ねえ」


タエが、カウンターの奥で腕を組んでいた。その顔が、少しだけ緩んでいた。


――――――

翌日。


トメさんが、また来た。入口の端末の前に立つ。カメラを見る。


ピッ。


「いらっしゃいませ、トメさん」


合成音声が、名前を呼んだ。


トメさんは、驚いた顔をした。それから、照れたように笑った。「……名前まで知ってるの」


「タエちゃん、どうだった?」


トメさんは振り返った。「タエちゃん」


「何?」


「私、VIPになったわよ」


タエは、笑いをこらえた。こらえきれなかった。


――――――

その日の夕方。


タエが拠点のドアを叩いた。影山が開けると、タエは腕を組んだまま言った。


「うちにも入れて」


「喜んで」


「トメさんが毎日来るって張り切ってるから。……仕方ないね」


「仕方ないですね」


「バカにしてるの?」


「してません」


タエは鼻を鳴らして、踵を返した。三歩歩いて、止まった。振り返らずに言った。


「……ありがとう」


それだけ言って、歩いていった。


――――――

拠点の中。


里美がホワイトボードに書き込んでいた。


「青文堂——稼働」「タエの店——稼働」


マーカーを置く。「……動き出したわね」


優作はノートPCの画面を見たまま、答えた。「まだ二軒です」


「でも」里美は優作を見た。「トメさんが毎日来るって言ってるんでしょ」


「はい」


「それが全部よ」


優作は画面から目を離した。窓の外を見た。


夕暮れの商店街に、青文堂の灯りが見えた。タエの店の灯りも、見えた。


「……ARK」


『はい』


「今日の人の流れは」


『青文堂、本日の来客数——昨日比、一・四倍』


『タエの店、本日の来客数——昨日比、一・二倍』


優作は小さく頷いた。「まだ誤差の範囲だ」


庄屋が口を挟んだ。「でも上がってますよ」


「一週間見る」


「慎重っすね」


「当たり前だ」


――――――

その夜。


源から、拠点に電話が来た。里美が取った。


「はい、Satio——はい。……はい、分かりました」


電話を切る。優作を見た。「源さんから」


「どうでした?」


「一週間、続けてほしいって」


優作は少し間を置いた。「……そうですか」


「それだけ言って、切れた」


影山が言った。「よかったじゃないですか!」


優作は答えなかった。ただ、ノートPCに向かった。キーボードを叩く。


「……次の店に入れる準備をする」


里美がホワイトボードに向かった。マーカーを手に取る。


「次は誰ですか」


優作は少しだけ考えた。「トキさんです」


「タバコ屋の?」


「はい。あの人は——ずっと見てる」


里美はホワイトボードに書いた。「タバコ屋・トキさん——次」


夜の拠点に、キーボードの音が続いた。商店街の灯りが、二つ、静かに輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ