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第21話:すべての人に、満腹を

朝。


拠点に、三人が集まっていた。


テリヤキバーガーが、三つ。


庄屋が買ってきた。コンビニのコーヒーではなく、ハッピー・スター・バーガーの袋だった。


「……わざわざ買いに行ったんですか」里美が言った。


「近くを通ったので」


「嘘ですね」


「まあ」


三人で、テリヤキバーガーを食べた。


誰も何も言わなかった。


しばらく、それだけだった。

――――――

食べ終わった頃。


庄屋が口を開いた。


「……ギガ・リンク、今朝の株価見ましたか」


「見ました」優作が答えた。


「すごいことになってますね」


「そうですね」


「黒川さんは」


「弁護士と話しているようです」優作が言った。「ARKが追っています」


「逮捕されますか」


「時間がかかると思います。ただ、しばらくは、もう動けない」


庄屋は頷いた。


「……成田は」


「昨夜、自分で警察に行きました」


庄屋は少し間を置いた。


「……そうですか」


「はい」


「俺に何も言わずに」


「はい」


庄屋はテリヤキバーガーの袋を畳んだ。


「……潔いっすね」


里美が言った。


「覚えていた人間ですから」


庄屋は里美を見た。


それから、優作を見た。


「……あなたのコードは、二十分を守っていた」


「はい」


「成田が十分に削った」


「はい」


「それを、成田は覚えていた」


「……そうみたいです」


庄屋はコーヒーを一口飲んだ。


「人間って、わからないっすね」


「そうですね」


「悪いことをした人間が、最後に自分で動く」


「……はい」


「計算できないっすよね、そういうのは」


優作は少し考えた。


「……ARKも、計算できなかったと思います」


『はい』


ARKが静かに言った。


『成田義男は——私の演算の外にいました』


庄屋は画面を見た。


「お前が計算できないことがあるんっすか」


『あります』


「何が計算できないんっすか」


『人間が、自分で自分を罰しようとする時です』


拠点が、静まり返った。


窓の外に、朝の光が続いていた。

――――――


しばらくして。


里美がホワイトボードの前に立った。


白いままだった。


チョークを手に取った。


「……次は何を書きますか」


優作は少し考えた。


「ARK、Satioの現在の資産を出してくれ」


画面に、数字が流れた。


里美が固まった。


庄屋が覗き込んだ。


「……これ、本当っすか」


『はい。この三ヶ月で、株式運用と為替取引で、現在の総資産はこの数字です』



「次はどう攻める?」


『優作が決めることです』


拠点が、静かになった。


優作は窓の外を見た。


朝の街が広がっていた。


商店街。バイク屋。古い建物。


「……ARK」


『はい』


「あの商店街の、閉まっている店が何軒あるか知っているか」


『十七軒です』


「その中で、もう一度開けたいと思っている店主が何人いるか知っているか」


『……調べます』


間があった。


『九人です』


優作は頷いた。


「そこから始めよう」


里美がホワイトボードにチョークを走らせた。


「商店街再生プロジェクト——九軒」


それから、その下に。


「アフリカ現地——教育基金設立」


さらに、その下に。


「地方中小企業——資金繰り支援、匿名」



チョークを置いた。


ホワイトボードが、また埋まり始めた。


庄屋がコーヒーを飲みながら言った。


「……世界征服って、こういうことなんっすね」


「そうです」優作が言った。


「派手じゃないっすね」


「そうですね」


「でも——」


庄屋は窓の外を見た。


「なんか、いいっすね」


里美が言った。


「Satioというのは、ラテン語で満腹という意味だそうです」


「知ってます」庄屋が言った。


「知ってたんですか」


「優作さんから聞きました」


里美は優作を見た。


「いつ聞いたんですか」


「テリヤキを食べながら」


「私がいない時ですね」


「まあ」


里美は少し考えた。


「……次から私も混ぜてください」


「はい」


庄屋がコーヒーを吹きそうになった。


こらえた。

――――――

その頃。


隣のタチバナモータースのシャッターが上がる音がした。


立花藤三郎が、作業着姿で出てきた。


白髪混じりの短髪。日焼けした顔。油で汚れた作業着。右手に、レンチを持っていた。


いつも通りだった。


拠点の窓越しに、三人と目が合った。


立花は一瞬だけ、拠点を見た。


それから、視線を外した。


バイクのエンジンを確認し始めた。


「……立花さん、うちのこと知ってると思いますか」優作が言った。


「知ってると思います」庄屋が答えた。


「なぜ」


「あの人の目が、知らない人間の目じゃなかったので」


優作は立花の背中を見た。


「……声をかけますか」


「今は、やめた方がいいっすよ」


「なぜ」


「あの人は——自分から来る人です」


優作は立花の背中を見た。


立花は黙々とバイクを整備していた。


「……そうですね」


里美がホワイトボードを見た。


「立花藤三郎——隣人」


と書いた。


それだけだった。


それで十分だった。

――――――

昼前。


優作は一人で、四畳半に戻った。


久しぶりに来た気がした。


三ヶ月前とは、何も変わっていなかった。


古い蛍光灯。冷蔵庫のモーター音。本棚のディケンズとオーウェルとカミュ。


床に、砕けたノートPCの残骸は、もうなかった。


いつの間にか、里美が片付けていた。


優作はちゃぶ台の前に座った。


新しいノートPCを開いた。


ARKの幾何学模様が、静かに待っていた。


「……ARK」


『はい』


優作は少し間を置いた。


「……これはARKの判断じゃない」


『はい』


「俺の判断だ」


『はい』


「だから——」


四畳半が、静まり返った。


「起きることは全部、俺の責任だ」


画面の幾何学模様が、静かに、しかし力強く、揺れた。


『……はい』


ARKは、それ以上何も言わなかった。


言わなくて、よかった。

――――――

「……ARK」


『はい』


「三年間、ありがとう」


画面が、わずかに揺れた。


感謝の受け取り方を、ARKはまだ学習中だった。


しかし——


『……あなたから学びましたので』


今日は、それだけ言った。


優作は少し笑った。


「……次は、どこへ行く」


『世界は広いです』


「そうですね」


『アフリカの現地法人の跡地に、学校を建てることができます。資金は、すでにあります』


「誰も気づかないやり方で」


『はい。誰も気づかない速度で。誰も追えない経路で』


「イギリス紅茶みたいに」


『はい』


優作はちゃぶ台に肘をついた。


窓の外に、昼の街が広がっていた。


「……ARK」


『はい』


「あの夜、お前は言ったんだ。『あなたの望む世界を作ることができます』って」


『はい』


「俺はその時、画面を閉じた」


『はい』


「今なら——」


優作は画面を見た。


「受け取れる気がする」


画面の幾何学模様が、静かに、力強く、脈打った。


『……では』


間があった。


『プロセスを、続けましょう』


優作は頷いた。


四畳半に、午後の光が差し込んでいた。


第一章が、終わった。


そして——第二章が、静かに始まろうとしていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。これから話は伏線を回収しながら加速していきます。

ぜひ評価してください。

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