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第19話:包囲網

ITコンサルタントSatioの拠点。


朝。


ホワイトボードに、里美が書いた文字が並んでいた。


「成田義男——証言者」


「黒川と反社の癒着——状況証拠(庄屋収集)」


「アフリカ現地法人インシデントレポート——確定」


三つ。


優作はそれを見ながら、コーヒーを飲んでいた。


「……ARK」


『はい』


「今の状況を整理してくれ」


『はい。


現在、黒川を追い詰めるために必要な要素は三つです』


『一。証言者の保護。成田義男は現在、


ARKが手配した安全な場所にいます。


ただし——長期間の保護は困難です。成田自身が不安定です』


「どれくらい持つ」


『三週間から一ヶ月。それ以上は、


成田が自分で動き始める可能性があります』


優作は頷いた。


『二。証拠の補強。庄屋が集めた状況証拠は、

単体では弱い。成田の証言と組み合わせれば、マスコミが動ける水準になります』

マスコミに持ち込むのか」


『はい。警察や司法では時間がかかりすぎます。


黒川の社会的信用を剥がすには、報道が最も速い』


「三は」


『黒川の経済的な基盤の無力化です。


これは私が担当します。ただし——時間が必要です。


丁寧にやらなければ、黒川に気づかれます』

どれくらい」


『一週間から十日』


優作はホワイトボードを見た。


「つまり——今から十日以内に、


すべてを動かす必要がある」


『はい』

――――――


そこに、庄屋が来た。


コンビニのコーヒーを三つ。しかし今日はスーツではなかった。


ジャケット。ジーンズ。


里美が一瞬、固まった。


「……私服ですか」

辞表、受理されました。」


「早いですね」

向こうも、早く出ていってほしかったんだと思います」


庄屋はコーヒーを渡しながら、ホワイトボードを見た。


「……進んでますね」


「庄屋さんのおかげです」優作が言った。


「俺は状況証拠を集めただけっす」


「それが一番難しかった」


庄屋はパイプ椅子に座った。


「で——次は何をすればいいっすか」


優作はARKの画面を見た。


「マスコミへの接触を、庄屋さんに頼みたい」


「俺が、っすか」


「顔が売れていない。ギガ・リンクの内情を知っている。


そして——信用できる」


庄屋はコーヒーを一口飲んだ。


「……どのメディアっすか」


『三社、候補があります』


ARKが言った。


『いずれも企業不正の調査報道に実績があります。


ただし——接触の方法を慎重に選ぶ必要があります。


黒川の監視がまだ続いている可能性があります』


「俺の動きを、まだ見てると思いますか」


『はい。辞表を出した直後は、むしろ監視が強まると考えてください』


庄屋は少し考えた。


「……アナログで動く必要がありますね」


『はい。デジタルでの接触は避けてください』


庄屋はコーヒーを置いた。


立ち上がった。


「わかりました。心当たりがあります」


「誰ですか」優作が聞いた。


「大学の先輩っす。今、週刊誌の記者をしています。

……三重大学出身なんっすけど」


庄屋は少し笑った。


「あの大学、意外と人脈があるんっすよ」

――――――


その日の夕方。


庄屋は一人で、喫茶店にいた。


向かいに座っているのは、四十代の男だった。


くたびれたジャケット。


メモ帳を持っている。目が、鋭かった。


「……久しぶりだな、庄屋」


「ご無沙汰してます、長谷川さん」


「ギガ・リンクを辞めたと聞いた」


「今日付けで」


「それで、俺に話があると」


「はい」


庄屋はコーヒーを一口飲んだ。


「ギガ・リンクのアフリカ現地法人で、


五年前に事故がありました。坑道の崩落で、


現地の少年五人が死んでいます」


長谷川は何も言わなかった。


メモ帳を開かなかった。


ただ、庄屋を見ていた。


「その事故は、


現地法人責任者による安全基準の無断改ざんが原因でした。


会社はそれを知りながら、隠蔽しました」


「証拠は」


「あります」


「見せてもらえるか」


「今日は持ってきていません。場所を変えて、改めて」


長谷川は少し間を置いた。


「……お前、大丈夫か」


「何がっすか」


「命が、ということだ」


庄屋は長谷川を見た。


この男は——本物だ。


「今のところは」


「今のところ、か」


長谷川はメモ帳を閉じた。


「わかった。続きを聞こう」

――――――


同じ頃。


ギガ・リンク本社、三十二階。


黒川は部下の報告を聞いていた。


「庄屋の本日の行動です。


午前中は自宅。午後——都内の喫茶店に入りました。


接触相手は、週刊誌の記者、長谷川雄二。


企業不正の調査報道で複数の実績があります」


黒川は書類から目を上げなかった。


「会話の内容は」


「店内での盗聴は——困難でした」


沈黙があった。


「困難だった」


「はい。席の配置上、接近できませんでした」


黒川は書類を置いた。


窓の外を見た。


「……マスコミか」


独り言のような声だった。


部下は何も言わなかった。

長谷川の身辺を調べろ。


現在進行中の案件を、すべて把握しろ」


「はい」


「それから——成田の居場所を、


もう一度探せ。今度は別のルートで」


「はい」


部下が出ていった。


黒川は一人になった部屋で、窓の外を見続けた。


マスコミ。証言者。状況証拠。


包囲網が、静かに縮まっていた。


しかし——


焦りは、なかった。


黒川は引き出しを開けた。


一枚の書類を取り出した。


それを、静かに見た。


庄屋賢治の、個人情報だった。


生年月日。学歴。職歴。


そして——家族構成の欄。


「父:不明」


黒川は、その行を見た。


長い間、見た。


それから、書類を引き出しに戻した。


鍵を、かけた。


表情は、変わらなかった。


ただ——


窓の外の東京が、いつもより遠く見えた。


それだけだった。

――――――


その夜。


拠点に、三人が集まっていた。


庄屋が長谷川との接触を報告した。


里美がホワイトボードに


「長谷川雄二——記者、接触済み」と書き加えた。


「……黒川は気づいていると思います」


庄屋が言った。


「そうですね」優作が答えた。


「急いだ方がいいっすか」


優作はARKの画面を見た。


「……ARK」


『はい』


「黒川の経済的無力化、前倒しできるか」


『やってみますが、約束は出来ません。


雑にやれば、


黒川に気づかれる前に、別の誰かに気づかれます』


「ARK」


『はい』


「お前、全部できるのか」


一拍。


『いいえ』


優作は少しだけ顔を上げた。


『人間が、どの選択をするか——それだけは、完全には予測できません』


沈黙。


「……そうか」




「わかった。任せる」

『はい』


里美がホワイトボードを見た。


「……あと何日ですか」


『七日です』


里美は頷いた。


ホワイトボードに、数字を書いた。


「7」


それだけだった。


拠点に、静寂が落ちた。


コーヒーの香りが、まだ残っていた。


窓の外に、夜の街が広がっていた。


七日後、何かが終わる。


三人は、それを知っていた。


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