間話 庄屋賢治
庄屋賢治が小さい時は、
いつも泣きながら帰ってきた。
「どうして僕にはお父さんもお母さんもいないの?」
教育係の大久保はその話を聞くたびに胸が痛くなった。
大久保は親代わりの役目を引き受けていた。
生まれた時から、そばにいて、自分の妻が賢治の面倒を見た。
本当は、自分自身が育てたかったが、武闘派の若頭という立場では、
赤子の面倒は見られなかった。
少し、華恋お嬢さんに似ていた。
賢治が三歳から四歳ごろの話。
あの男が霧島家に訪ねてきた。
お嬢はいつも、あの男を待っていた。
自分には決して釣り合わないと思っていた大久保は、
秘めた想いを胸の奥にしまい、華恋を守ると決めていた。
だが、
華恋が選んだあの男は突然別れを切り出し、
連絡先も伝えずに消えた。
賢治はその華恋の忘形見だった。
本当は、二人を全力で守りたかった。
しかし、華恋は賢治を出産後、出血が止まらず、亡くなってしまった。
だから、あの男が三年もの間、お嬢をほったらかしにしていたくせに、
ひょっこりと現れたのは、大久保にとっては許せないことだった。
親分はあの男を客間に通した。
大久保はそれが許せなかったが、親分が許すのなら仕方がない。
そう思っていたが、親分が奴と顔を合わせるや否や、怒声が聞こえてきた。
「出て行け」そう聞こえた。
その男が門を出た時、大久保は奴の肩に手を掛けた。河原に連れて行った。
奴は抵抗しなかった。
殴っているのに、虚しさが大きくなって行った。
(殴ったところでお嬢は帰ってこない……)
最後に奴の顔に唾を吐き掛け、大久保たちは戻った。
賢治は大久保たちが戻ってくると、嬉しそうに飛びついた。
「おおくぼ、どこいってたの?」
賢治は大久保に抱っこしてもらい、嬉しそうだった。
「ちょっと野暮用です。」
大久保は少し困ったような顔でそう答えた。
その後、賢治はすくすくと育った。
保育園の年長になっても、毎日のように同級生に泣かされて帰ってきた。
それはもう、屋敷全体が震えるほど大きな声で泣いて帰ってきた。
「坊ちゃん、どうしたんですか?」
賢治は泣きながら、
「よし君と、しょうじ君にたたかれた」
そう言った。
頭に血が上った大久保は
「もう、ゆるせねぇ」と大きな声で言った。
ちょうど後ろにいた賢治の祖父に頭を叩かれた。
「馬鹿野郎、保育園児にキレる極道がどこにいる」
そう言って嗜めた。
確かにその通りだった。
だから、
「坊ちゃん。やられたら、やり返してもいいんですよ」
大久保はそう、賢治に教えた。
「でも、たたかれたら、いたいよ」
賢治はそう答えた。
「なんて、心の綺麗な子なんだ」
大久保は涙を見せた。
霧島の祖父は、あきれた。
「賢治、叩かれたら痛いを知ってるのはえらいぞ」
「だがな、叩いてる奴は知らないかもしれない。」
「教えてやるのもやさしさってもんだぞ」
正しいのか間違っているのかわからないことを祖父に教わった。
小学生になった。その恵まれた運動センスで、
賢治は、喧嘩でも、運動でも、誰にも負けなくなった。
だが、友達はできなかった。
本当は内向的な性格の賢治はそれでも良かった。
ただ、
いじめられっ子を助けたことがきっかけで、
賢治もいじめの対象になった。
相手は中学生だった。
そのいじめっ子に勝つために、
賢治は大久保に喧嘩の仕方を公園で教わっていた。
何度大久保に立ち向かっても敵わない。
大人に勝てるわけないじゃないかと思った時、
五歳くらいの女の子が近づいてきた。
「泣いてるの?」聞かれた。
「泣いてない」そう答えた。
「あのおじさんを倒したいの?」
「そうだけど……」
「あのね、目線、重心、あなたの長所を教えてあげる」
女の子はそう言って賢治に助言した。
「あと、あなたの名前は?」
「賢治、庄屋賢治」
「そう、じゃあ今からあなたはショーケンよ」
「ショーケンは無敵なの。心がね」
賢治は自分はショーケン。強いと念じた。
すると、余計な力が抜けて動きやすくなった気がした。
あとは、スピード。相手を目線で騙す。そして重心をくずす。
言われたことを考えて実践した。
大久保は転んだ。
賢治はその女の子と目を合わせて笑った。
賢治にとっては、その小さな女の子は初めての友達かもしれなかった。
しかし、
残念ながら、しばらくすると女の子は引っ越すことになった。
賢治は、彼女の引っ越しのトラックをいつまでも見送っていた。




