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第12話:消えた証拠

ギガ・リンク本社、三十二階。


黒川は窓の外を見ていた。東京の空は、今日も晴れていた。


「……里美店長代理の件、調べはついたか」


背後の部下が、端末を確認した。


「はい。GLロジスティクスとの取引停止の際、


代替業者との契約書に不審な点があります。契約日がGLの倒産当日——印鑑の使用記録と、


店長代理の行動記録が一致していません」


「証拠はあるか」


「……それが」


部下の声が、わずかに濁った。


「契約書のデータが、社内サーバーから消えています。配送業者側のデータも——同様です」


黒川は、窓の外を見たまま動かなかった。


「消えている」


「はい」


「いつから」


「確認したところ——GLの倒産から三日後には、すでに」


黒川は少しの間、沈黙した。


「……バックアップは」


「確認しましたが、そちらも同様です。痕跡が、完全に」


黒川は窓から離れた。デスクに戻り、椅子に座った。


書類を手に取った。しかし、読んでいなかった。


「……原因は」


不明です。外部からのアクセス痕跡も、検出されていません」


黒川は書類を置いた。指を、デスクの上で一度だけ叩いた。


それだけだった。


「……わかった。下がれ」


部下が出ていった。

――――――

黒川は一人になった部屋で、窓の外を見た。理由がある。しかし証拠がない。


これまでも証拠なしで動いてきた。しかし今回は違う。証拠が「ない」のではなく、


証拠が「消えた」のだ。誰かが、先回りしている。黒川はその事実を、静かに咀嚼した。


感情はなかった。ただ——計算があった。片桐優作。元主任技師。


物流最適化プログラム開発責任者。三年間の空白。


そして今、ハッピー・スター・バーガーでポテトを揚げている。


GLの倒産。取引先の一斉切り替え。監視依頼のキャンセル。


そして今度の証拠消滅。すべてが、繋がっていた。


しかし——何一つ、証明できなかった。


「……片桐」


誰もいない部屋で、声に出した。三年前、あの男が会社を去った時、


黒川は引き止めなかった。引き止める理由が、なかった。


あの男の能力を、黒川は正確に評価していた。だからこそ


——成田がコードを改ざんした時も、黙認した。


優秀な技師が罪悪感で自滅するなら、それはそれで好都合だった。



しかし今——黒川は窓の外を見た。

東京の空は、今日も晴れていた。


(……あの男は、自滅しなかった)

――――――

ハッピー・スター・バーガー。昼のラッシュが終わった頃。


庄屋はいつものコーヒーを持って、カウンターの端に座っていた。


ノートPCを開いている。画面には、社内メールが表示されていた。


差出人:黒川。件名:片桐優作の件。追加調査を命じる。


庄屋はそのメールを、三回読んだ。コーヒーが、冷めていた。


(……また俺か)


庄屋は画面を閉じた。厨房の方を見た。


優作が仕込みをしている。無精髭のない顔で、


いつものリズムで包丁を動かしている。


(追加調査)


庄屋は缶コーヒーを一口飲んだ。


(何を調べろと言うんだ。俺はもう——知りすぎてる)


庄屋はノートPCをバッグに入れた。


立ち上がりかけて、止まった。もう一度、厨房を見た。


優作が、こちらを見ていた。目が合った。


優作は何も言わなかった。


庄屋も、何も言わなかった。


優作は包丁に視線を戻した。庄屋は、ため息をついた。


(……六十パーじゃ、足りないか)

――――――


その夜。


四畳半。


優作はタブレットの画面を見ていた。


「……ARK」


『はい』

「黒川が動いた。里美さんの件を調べようとした」


『はい。確認しています。該当データへのアクセスが、


今朝、本社サーバーから三回試みられました』


「見つけられなかったか」


『はい。完全に処理済みです』


優作は少し間を置いた。「……黒川は今、何を考えてる」


『計算していると思われます』


「証拠がないのに、確信がある」


『はい。黒川という人間は——証拠より、

パターンで動きます』


優作はちゃぶ台に肘をついた。


「次は何を狙ってくる」


『里美店長への直接的な接触を試みる可能性があります。


データではなく——人間を使って』


優作は顔を上げた。


「人間を、使って」


『はい。現在、黒川が動かせる人間は——』


『庄屋賢治に、追加調査の命令が出ています』


優作は、タブレットを見た。


「……庄屋に」


『はい。今朝のメールで確認しています』


優作はしばらく、黙っていた。昼間、厨房から庄屋を見た時の目を思い出した。


あの目は——命令を受けた人間の目ではなかった。何かを、測っていた目だった。


「……ARK」


『はい』


「庄屋は、どちらに動くと思う」


ARKは、すぐには答えなかった。


『……計算できません』

なぜ」


『彼の行動を決める変数が


——データに存在しない種類のものです』


優作は少し考えた。


「……人間だからか」


『はい』

優作は立ち上がった。窓の外。夜の街。どこかで庄屋が、


また車の中で夜を過ごしているかもしれない。


「……ARK。庄屋の身辺調査、結果は出たか」


『はい。出ています』


『ただし——』


ARKの声が、わずかに間を置いた。


『庄屋賢治の出生記録を、発見しました』


優作は画面を見た。


「……読ませてくれ」


『はい。ただし——』


『優作、これを読む前に、覚悟してください』


優作は画面を見た。


データが、流れ始めた。


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