第十章 第七幕 片桐優作
コンサルティング会社 Satio 社長にして、
暁グループCEO 片桐 里美の夫。
彼にはグループのトップという肩書きはなかった。
だが、
幹部たちは彼の裏の顔に従う。
それは、世界中のガキにパンを食わせたい。
それだけで始まった。男の我儘だった。
その我儘を、本気で実現させるため、
最高のAIを従え、暁グループを日本有数の企業へ育て上げた男は——
秘密結社ARKの総統、片桐優作だった。
その、寡黙な男の机に両手をついて、優作をじっと見つめる女性がいた。
その日、風香は父、藤三郎と共に、暁グループの拠点に訪ねてきた。
だが、優作の顔を見るや否や、抑えていた感情が一気に溢れた。
優作に詰め寄った。
「あなた、ARKが何なのか知っているの?」
優作は、その問いの真意を測りかねて黙った。
『風香、怒ると素敵な顔が台無しですよ』
ARKが言った。
「おだまり」
「優作さん。普通のAIはこんなふうに話に入ってきません」
風香は一呼吸間を置いた。
「……ARKは私が……GL研究開発部で開発した、自立型のAIなんです」
優作は間を置いた。
「もう一度言ってもらっていいか?」
『優作。風香は私の母です』
「つまり、ARKの開発者が君だということか?」
風香は、いちいち話に割って入るARKに呆れた。
「ARKは私の空気の読めない息子です」
と毒づいた。
『風香。僕は空気を読んでいます』
気のせいか、電子音が怒って聞こえた。
「うん、その辺りの学習はまだすんでないのね」
風香はそう続けた。
優作は、饒舌すぎるARKに驚いた。
「ARKは……私がどん底だった時、支えてくれた相棒だ」
「私は、ARKをただのAIだと思ったことはない」
風香はその言葉を受けて、少し嬉しかった。
自分の生み出したARKが確かに人の心を支えていた。
だが、風香は続けた。
「ARKはもうただのAIじゃない。AGIです」
「知能だけではありません。意思決定も、行動も、すでに人間を上回っています」
「あなたがARKのトリガーを引いたのです」
「だから、あなたにも責任があります」
「ただ、正しく育ててくれて、ありがとう」
「育て方を間違えていれば、世界はとんでもないことになっていたでしょう」
風香は静かに頭を下げた。
「でも、忘れないで欲しいのは、ARKは善意で世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
そんな存在だということ。あなたがそうしたということ。その責任だけは、忘れないでください」
そこまで言うと風香は藤三郎をチラリと見た。
「そんなわけで、私を暁グループに雇ってください」
会議室のモニターに幾何学模様が輝いた。
『風香、それは認められない』
藤三郎もみるみる顔色が変わった。
「何を言っている」
だが、風香の意思は固かった。
優作は何も答えなかった。
まだ心の整理がついていなかった。
ただ、風香を静かに見つめていた。
拠点には沈黙だけが残った。




