第九章 プロローグ サイクロン業(ごう)
風香は、大学を史上最年少で卒業後、世界中の研究機関から届いた
オファーの中からGLを選び、研究開発部で研究者となった。
しかし、自分が何よりも大切にしていた研究を潰され、GLを退社した。
そして、
日本に帰ることになった。
日本に帰ると、最初に向かったのは藤三郎のいる立花モーターズだった。
だが、
藤三郎は、風香に鳳家で暮らすように言った。
藤三郎の知らない間に、風香は静香によく似た女性へと成長していた。
まだ19歳の風香が、
男ばかりがいるバイク屋にいることを、
藤三郎は素直に受け入れられなくなっていた。
風香が店に顔を出すだけで、常連の男たちの視線が彼女に集まり、
それまで騒がしかった店内が静まり返った。
それが、藤三郎には我慢ならなかった。
風香が誰かと話しているだけで、藤三郎の視線は自然とその男へ向いた。
男が風香に近づこうとしただけで、仕事に身が入らなくなった。
ある日、風香に話しかけた男を見た瞬間、藤三郎は工具を置いた。
「もう来るな。」
「お前は鳳家にいろ。」
それだけだった。
それ以来、親子が会う場所は、いつも鳳家の屋敷になった。
風香は、鳳家の祖父母から、政治家や財界人との付き合い方を学んだ。
書物には残らない、人間社会の仕組み。
それは、
長い歴史を持つ鳳家が受け継いできた知恵だった。
祖父は、風香がアメリカから持ち帰ったバイクを見るたびに、
昔話をした。
若い頃、アメリカ映画に憧れてバイクを買ったこと。
乗ってみたものの、すぐに転んでしまい、周囲に大きな迷惑をかけたこと。
だから、静香がバイクに乗りたいと言ったときは、
最後まで反対したこと。
でも、静香がバイクに乗りたい気持ちは、
本当は理解できていたこと。
祖父は風香のバイクを眺めながら、ぽつりと言った。
「わしが乗ったものとは、まるで別物じゃな。」
「じゃが、わしは、女の子がバイクに乗るのは賛成せん。」
「危なくないようにはできんのか?」
祖父はまっすぐ風香をみつめた。
「できるよ。」
風香は迷わず答えた。
その一言が、始まりだった。
風香が持つ知識と発想。
藤三郎が磨き上げてきた職人の技。
二人の業が宿るそのバイクは、
やがて——
サイクロン業へと生まれ変わる。
だが、
それはまだ、
少し後の話である。




