第八章 第十九幕 思い出
昼過ぎ、
昼食も家族で一緒に食べた。
だが、風香はなにも言ってくれない。
だから、藤三郎も何も言えなかった。
はるばるアメリカに来たのは、
こんなギスギスした空気を感じるために来たわけではない。
だが、仕方がない。女の子の気持ちはわからない。
昼食後、ひとりで、ガレージに向かった。
静香に、ハーレーを直していいか尋ねると、
「ええ、お願い。」
と笑って頷いた。
藤三郎は工具箱を開いた。
エンジンを前にすると、不思議と気持ちが落ち着いた。
娘のことは分からない。
だが、バイクなら分かる。
「おまえは、俺が直してやる。」
ガレージで一人、そう呟いた。
埃を拭き取り、一人で直していると、
風香が作業服を着てやってきた。
藤三郎は何も言わず、バイクを修理していた。
風香も何も言わず、最初その作業を見ていた。
だが、
ちょうどレンチが欲しいと手を出すと、
風香が渡してくれた。
気づけば二人は、
一言も交わさないまま、
同じバイクを直していた。
エンジンを掛けてみる。
ブイ型エンジンの鼓動は凄まじかった。
「すごい音だね」風香が言った。
「ああ、日本車とは全く違うな。」
藤三郎は、少しだけ笑った。
風香も、ほんの少しだけ笑っていた。
直ったので、藤三郎はハーレーに乗ってみることにした。
走った。曲がらない。とまらない。
「俺の知ってるバイクじゃないな。」
だが、この音は心が踊った。
人気がある理由は分かった。
ガレージの前までバイクを持ってきた時、
「私、大きくなったらこのバイクに乗る。」
風香はそう瞳を輝かせて言った。
藤三郎は初めて、お義父さんの気持ちが分かった。
だが、
せっかく笑ってくれた娘に
駄目だとは言えなかった。
傷ついて不動だったバイクは、
いま、親子の思い出になった。




