第八章第二幕 静香
鳳家には年に一度、必ず伊勢神宮に参拝する決まりがあった。
当主の源次郎は、家族をつれて、三重のホテルに泊まっていた。
17歳になった鳳静香は、三重の町を一人で散策してみたいとずっと思っていた。
なぜならいつも、付き人がついてきて、したいことをしようとすると
決まって、「なりません。」と言われるから。
友人と遊ぶことも。
一人で買い物に行くことも。
電車に乗ることさえ許されなかった。
鳳家の一人娘として、それが当然であると教えられた。
でも、教えられた教養の中には、自由についても書いてあった。
自分の境遇は、それと違っていた。
それが息苦しかった。
窓の外、ほんの少し歩けば、商店街だった。
同年代の若者達が笑いながら歩いている。
その姿を毎年羨ましくみていた。
静香は小さい時から責任について教えられていた。
だから、これは、ほんの少しだけの反抗のつもりだった。
一人で商店街を回ってすぐに帰ってくるつもりだった。
「ほんの少しだけ。」
静香は扉を開いた。
誰もいないことを確認する。
素早くバッグを掴むと、
ホテルから飛び出した。
商店街は活気に満ちていた。
通りを歩く若者。
お土産を売る商店主。
アイスクリームを店先で食べながら笑う女子高生。
静香は立ち止まった。
本で読んだことはあった。
テレビで見たことはあった。
でも、
自分の意思で歩きたい場所へ歩き、
店先でクレープを注文する。
そんな当たり前のことが、
静香にとっては、初めてのことだった。
雑貨屋で珍しいものを見つけたり、
アクセサリーも、普段見るものより可愛いものが並んでいた。
本屋に行くと、普段なら「なりません。」
と言われて読めない雑誌をドキドキしながら読んだ。
こんなに楽しいのなら、また抜け出そうと思った。
ふと、少し薄暗い通路が目についた。
「あそこはどんなになっているのかな?」
静香は期待いっぱいで、その通路に足を向けた。
テレビでも、本でも見たことのない場所だった。
ただの通路だった。
だが、
生気のない目をした男が二、三人いた。
男達の目だけが静香を追っていた。
彼らは時々互いに視線を交わしていた。
何かを確認しているように見えた。
その瞬間、静香はここへ来てはいけなかったと思った。




