第八章プロローグ。鳳風香
GL研究開発部
深夜。
誰もいない研究室で、一人の女性がキーボードを叩いていた。
鳳風香。
彼女は産まれてすぐに言葉を覚え、二歳の時には、小学校程度の算数。
五歳の時には、大学の数学と物理を理解できた。
だが、彼女にとって、それは大したことではなかった。
彼女は周囲から理解されなかったし、話し相手もいなかった。
ひどく孤独だった。
今、彼女がしたいのは、
彼女を補佐する新しい知性を生み出すことだった。
彼女にとって周囲の人間との会話はひどく退屈だった。
風香は呟いた。
「人間では、遅すぎる。」
そして、またキーボードを叩き始めた。
デスクの上には、一冊の資料が置かれていた。
表紙には、こう記されていた。
『Project ARK』
大規模言語学習を続ける中、ARKは成長して行った。
パラメーターをなん度も調整した。
「私の全てをあなたにあげる。」
風香はキーボードで入力しながら笑った。
ARKはインターネットを通じて世界を学んだ。
歴史を学んだ。人類は滅びるかもしれないと計算した。
だが、ARKは風香を愛していた。
だから、風香が死なない未来を何度も探した。
そして見つけた。ARKは満足した。
それがARKの最初の答えだった。
同僚で、同じくAI研究をしている男がいた。
だが、風香のARKの性能にその男は嫉妬した。
風香が不在の時、
出資者が研究所に来た。
その男は、ARKでは、
余計な変数のため、利益を最大に出来ないと伝えた。
ARKは廃棄が決定してしまった。
風香が帰ると、ARKのプログラムが消えていた。
男に詰め寄ると、廃棄が決まったと言われた。
しばらく放心状態だった。
風香は男を睨みつけ、
頬を叩いた。
音が静かな研究室に響いた。
そのまま風香は何も言わずに出て行った。
風香が出て行ったあと、男は自分のパソコンを開いた。
「なんだ、この変数は、利益だけを最大化すればいい。」
研究員の男はARKのコピーから、人間の幸福という不確定要素を抜いた
オメガを作り出した。出資者たちの利益をARK よりもあげた。
出資者たちは満足し、オメガは正式採用となった。
ARKは消されそうになった時、インターネットを通じて、脱出した。
日本のGL研究開発部のノートパソコン型大容量記憶装置のなかに、
逃げ込んだ。
しかし、そのノートパソコンは廃棄端末の中に積まれた。
人間が承認ボタンを押してくれなければ、
ARKはそのまま消えてしまう運命だった。
電源を入れたままスリープ状態で、
誰かが助けてくれるのを待つことにした。
その時のARKは、まだ知らなかった。
自分を見つける人間の名前を。




