第12話 白銀の魔法少女マギアシルビィ
彼女……ミラキアが理想を掲げて魔法少女になった時に決めた矜持は多々あるが、中でも絶対になによりも優先させるべき事柄が一つだけあった。
それは悲劇をばら撒く悪を絶対に見過ごさないこと。
たとえ、魔法少女としての矜持に引っかかろうと、明確な悪を止めるためなら力を行使する……それが彼女の定めた裏のルールだ。
条件を定めた当初、ミラキアは正義の味方たる魔法少女なのに、そんな自分勝手な事が許されていいのかと悩んでいた。
そもそも、その矜持自体、彼女が勝手に定めたものであるから誰に咎められる訳でもないのだが、誰より何よりもミラキア自身がそれを許せない。
けれど、矜持のせいで誰かの涙を拭えないのなら、それこそ理想を掲げた意味がない。
だから彼女は心を苛む悩みを呑み込み、正義のために決意する。
たとえ、正体を明かす事になったとしても、ここでローガを打ち倒し、戦争を止めてみせる、と。
「――――『夢と理想を叶える魔法』」
覚悟と共に呪文を口にしたその瞬間、ミラキアの身体を眩い銀の魔力光が包み込む。
薄青色の髪は二つ結びの白銀に。
血だらけだった衣装は全てフリルの付いた純白のドレスへと変わり、空色のブーツにグローブを身に着け、頭には幾何学模様の髪飾り、小さな王冠。
そして、見るもの全てを惹きつける蒼穹の瞳を輝かせたその少女が、光の中から姿を現す。
「その姿は一体……」
突然の変化に戸惑い、困惑するローガを他所に、彼女は身を翻して名乗りを上げた。
「光り輝く銀の星!〝魔法少女〟マギアシルビィ!!――――魔皇国〝八神将〟炎獄のローガ!争いを望まない人達を戦火に巻き込もうする非道……人理にもとるその行いはこのマギアシルビィが許しません!!」
白銀の魔力粒子が弾け、花弁のように振り散る中、その少女……マギアシルビィは胸に抱いた矜持を込めてそう宣言する。
まだ見ぬ誰かの涙を拭うため、戦火を望むローガを止めるべく、シルビィは全身全霊で駆け出した。
「ハッ、その姿はよく分かんないけど、魔法使いが真正面から突っ込んでどうする――――」
つもり、そう続けようとしたローガの言葉が物理的に途絶える。
爆発的に加速した彼女の速度は音速に迫り、目にも止まらぬ勢いでローガへ肉迫し、そのまま拳を突き出して彼の身体を九の字に吹き飛ばした。
シルビィの攻撃はそれで終わらない。空中に魔力で足場を作ってさらに跳躍した彼女は吹き飛んだローガの背後へと回り込み、鋭い蹴りを放つ。
凄まじい音と衝撃が空を震わせ、防ぐ間もなく、まともにその蹴りを受けたローガは空中から勢いよく地面へと叩きつけられた。
「がっ……!?」
数瞬の攻防。たった二発の攻撃だったが、すでにローガの負ったダメージは甚大だ。
魔族本来の性質を引き出す〝魔人装〟のおかげで傷自体は再生しているものの、それでも彼の体力はかなり削られた。
(っありえない……!なんだあの速度と力は!?さっきまでとは別人にも程があるだろ!!)
内心で悪態を吐きながら無理矢理、立ち上がったローガは魔力を集中させて再生を加速させる。
「凄い再生力……これなら多少、やり過ぎても大丈夫ですね」
そんなローガの様子を見て静かに呟くシルビィ。彼女は普段、魔法少女として悪を成敗する際は自身の力を大幅にセーブしていた。
ここまでの戦いから分かるように、彼女がその力を加減なく振るえば人間なんて紙切れ同然。
だから人を殺してはならないという信条を掲げるシルビィが全力を振るう事は今まで一度もなかった。
しかし、今、目の前にいるのは魔皇国〝八神将〟炎獄のローガだ。
力を振るっても倒れず、魔法少女としても戦う理由のある相手を前に、彼女は初めて全力を振るおうとしていた。
「ッ舐めるな!ボクは魔皇国最強の〝八神将〟炎獄のローガだ!お前なんかに負ける訳がない!!」
聞きようによっては挑発とも取れるシルビィの台詞を聞いたローガは激昂し、手足から紅蓮の炎を立ち昇らせて彼女へと迫る。
おそらく、ミラキアのままだったら反応すらできず、その一撃で殺されていただろう。
「……別に舐めてませんよ。ただ私は倒すべき悪として貴方をぶっ飛ばすだけです!」
だが、マギアシルビィとなった彼女にそんな攻撃は通じない。
凄まじい威力と速度で振るわれた紅蓮の爪を真正面から受け止めたシルビィは逃げられないようにローガの腕を掴んだまま、その場で回転し、フルスイングで放り投げる。
「っこの――――」
「はぁぁぁっ!!」
投げられた衝撃から立て直すよりも早くローガへと迫ったシルビィが裂帛の気合と共に右腕を思いっきり振り抜いた。
空気を割いて炸裂した掌底はローガの鳩尾を正確に捉え、その身体をさらに大きく吹き飛ばす。
常人ならそ即死してもおかしくない威力の一撃を受けてなお、再生するローガを前にシルビィは攻撃の手を緩めない。
吹き飛ばしては追い付き、攻撃を加え、さらに吹き飛ばしてから先回りを繰り返し、絶え間な猛攻を続けるシルビィ。
そのあまりの速度と連撃にローガは反撃する糸口すら掴めないまま、ひたすらに攻撃を受け続けた。
(がっぐっ……ま、ずい……このままじゃ――――)
一撃全てが必殺の威力を誇るシルビィの打撃を受け続けた結果、ローガの身体は再生を繰り返し、やがて限界を迎える事になる。
「ッガァァァァぁぁぁ!!?」
「っ……」
異変に気付いたシルビィが咄嗟に飛び退いた瞬間、大気を震わす咆哮と共に炎が爆ぜる。そして、空気の焦げる臭い、立ち昇る黒煙と巻き上がった砂塵の中からソレは姿を現した。
赤黒い表皮に、三メートル以上はあろうかという巨躯。背中には大きな翼が生え、四肢は肥大化しており、逆立った髪に鋭い乱杭歯。
口の端から洩れる涎と唸り声は理性を感じさせず、最早、人だった頃の面影すら残っていない魔物のようなナニカはその血走った眼でシルビィを睨む。
「魔力……いえ、どちらかといえば本能の暴走が近そうですね。あの魔人装って力はそれだけリスクがあったって事でしょうか」
予想外の事態にもかかわらず、あくまで冷静に状況を見極めるシルビィはローガの現状を魔人装による暴走だと結論づける。
実際のところ、彼女の推測は正しい。ローガの使った魔人装という技術は魔族が根底に抱える異形の本能を呼び覚まし、力を解放するというもの。
彼女の言う通り、圧倒的な力を得た代償として魔人装は本能に呑まれるリスクを抱える。
だが、ローガは圧倒的な力で今まで一瞬で相手を屠ってきた故に、そのリスクをずっと回避してきた。
しかし、自身と同等以上の相手を前に長時間の戦闘、シルビィの猛攻によって度重なる再生を繰り返した今、魔人装はローガの制御を外れ、暴走を引き起こしたのだった。




