第11話 狂気とも言える覚悟
眼下にミラキアを捉えながら彼女に聞こえるくらい大きな声で宣言したローガは自身の内側から先程までとは比較にならない量の魔力を発露させる。
大気が震えるほどの魔力をどんな魔法へと変えるのかと、警戒するミラキアだったが、彼女の想像していたような現象は起きなかった。
「さあ、見晒せ。これがボク達魔族の本領だ――――『魔人装・焔獄装駆』」
ローガがその鍵言を口にすると同時に大気を震わせていた圧倒的な魔力がスンっと消え去り、一瞬の静寂。
そして、次の瞬間、彼の全身を覆うように凄まじい熱量の炎が立ち昇り、その身を焦がしていく。
自らの炎に燃やされ続けるローガ。一見、自爆したかのようにも見える彼の行動だったが、炎の中から現れたその姿から真意はすぐに明らかとなった。
先程までの少年だったローガの身体が一気に青年ほどに見えるまで成長。
頭に生えていた角が伸び、両の手足が鋭い爪を携えたものへと変わり、全身に炎の鎧を身に纏っていた。
「その、姿は…………」
あまりの変わりよう、異質な姿を前にミラキアは思わず目を見開き、絶句する。
「――――これは魔族が持つ性質を利用した力だよ。自らの身体に合った魔法をその身に纏い、爆発的に身体能力を上げる……それがこの〝魔人装〟だ」
呆然とする彼女へ簡潔に説明をしたローガの姿がブレて消え、次の瞬間、ミラキアの背後へと移動していた。
「ッ!?」
いくら気を取られていたとはいえ、容易く背後を取られたミラキアは思わず息を呑む。
瞬間移動と見紛う程の速度、なにより不味いのは明らかに近接に特化した手足を持つローガを相手にする場合、その距離は魔法使いにとって致命的だという事だった。
不意打ちの形で、無造作に振るわれた腕から放たれた一撃はミラキアがギリギリのところで咄嗟に張った障壁を紙切れのように砕き、彼女の身体を大きく吹き飛ばした。
「うん?思ったよりも脆い?……ああ、咄嗟に張った防御壁ならこんなものか――――むしろ、今のボクの攻撃をまともに受けて即死してない時点で流石と褒めるべきかな」
攻撃を繰り出した手を開いては握りながらローガは疑問符を浮かべつつも、自身の力とここまで戦ってきたミラキアの実力を考慮し、自己解決をする。
そもそも、彼からすればこの〝魔人装〟を出した時点で相手は即死するのが常。
だからこそ、それを曲がりなりにも防ぎ、生きているミラキアにローガが贈ったその言葉は皮肉でもなんでもなく、素直に漏れた賞賛だった。
「ぐっ……ごほっげほっ……ッ!!」
防御魔法で威力を軽減させたとはいえ、常人なら即死する攻撃を食らい、吹き飛ばされたミラキアは激しく咳き込み、血反吐を吐く。
幸い、鋭い爪による裂傷を受けたものの、致命には至っておらず、血反吐も重要な内臓を損傷したから出たからでもない以上、動けない訳ではない。
しかし、いくら魔法の天才であろうと、彼女はまだ十五歳の少女だ。
魔法少女として活動していた時も、ここまでの戦いでも、その才覚故に傷どころか、まともなダメージを受けたすらなかった。
そんな彼女にとって始めてと言っても過言ではない経験……致命傷ではないといっても、血反吐を伴う程の裂傷はそれ相応の激痛を伴う。
百戦錬磨、幾多の戦いを経験してきたローガ、あるいはその部下である兵士達ならともかく、ただの少女であるミラキアがそんな激痛を耐えれる筈もない。
(ッ痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!)
脳が焼き切れるかと思う程の激痛。
のた打ち回り、叫び出したい衝動に駆られ、全身を苛む苦痛で涙はもちろん、鼻水や涎さえも流れ落ちる中、それでもミラキアは歯を食いしばり、意識を手放さないよう必死に足掻く。
彼女だって馬鹿じゃない。魔法少女となって悪を成敗する事を決めたその時から覚悟は決めていた。
傷を負う覚悟、あるいは痛みを伴う覚悟、そして命を落とす覚悟。
だからこそ、彼女……ミラキアはあらゆる状況を想定してそのための魔法を創り出してきたのだ。
誰も巻き込まないようにするための魔法である空間もその一つ。
そして、誰かを救うための治癒魔法はもちろん、大きな傷を負った際、一般人に過ぎない自身がその痛みに耐えれると考えなかったミラキアは同時にある魔法を生み出した。
「ッあああぁぁぁ!!」
激痛を誤魔化すように叫び、立ち上がったミラキアが使ったのは自身の身体は訴える痛みを消す魔法。痛みは人体が発する危険信号だ。
それを魔法によって無理矢理消す事は当然、褒められたものではない。
何故ならそれは自分が危険な状態でも分からないまま、動けてしまう事に他ならないから。
乱用すれば自身の命を縮めるに等しい魔法をミラキアは躊躇いもなく使う。ここで倒れる事が死に繋がるから……ではない。
自身がローガに屈するという事は理想が潰える事を意味する……魔法少女は変身してなかろうと、悪に屈する事を許さない。それこそが彼女の理想だからだ。
「……驚いた。その傷は死なないにしても浅くはないし、物凄く痛いでしょ?それでもまだ立ち上がる意味なんて――――」
必死の形相で傷を押しながら立ち上がるミラキアを見て僅かに表情を動かすローガ。
それは彼女が魔法の天才であるのと同時にただの貴族令嬢である事を理解しているからこその反応だったが、当の本人はその疑問に答えないまま、言葉を遮るように口を開いた。
「一つ……お聞き……します……貴方達は……魔皇国は…………今回の騒動を……通して……何を……するつもり…………ですか……?」
途切れ途切れになる言葉で突きつけた疑問はそもそもの理由の話。
当初、アイリス嬢の策略を見抜かれた彼らは会場にいる貴族の二世達を人質に交渉を迫るといっていた。
しかし、人質に取って交渉するといっていた割にはその行動があまりに杜撰だったとミラキアは考える。
魔物と兵士による蹂躙は何かしらの交渉を進めたい魔皇国側にとって貴族側との禍根を残す形となるだろう。
そうなれば利益よりも感情を優先する派閥だって出てきてもおかしくはない。
にもかかわらず、魔皇国側は貴族達の命にそこまでの配慮はしていなかった。
確かに交渉が上手くいかなければ戦争も辞さないとは言っていたが、まさか本気でそれを望んでいるなんてミラキアには思えない。
そうなると、魔皇国には他に狙いがあるのではないかと考えるのが自然……そして、それが何なのか、今のミラキアにとってはその理由こそがなによりも知りたい重要な事柄だった。
「…………何を言い出すのかと思えばそんな事が知りたかったの?というか、最初に言ったでしょ。篭絡が失敗したから次善の策で貴族達を人質に交渉するためだって」
「それに……しては……随分と、乱暴に……見えましたが…………」
「それについても最初に言ったよね?交渉が上手くいかないなら戦争だって」
「……あれは、本気の……言葉だと?」
「もちろん、本気だよ。断っておくけど、これはボク個人の考えじゃなく、魔皇国としての総意……それは覆る事のない事実さ」
息を整えながらも、問答を続けたミラキアだったが、ローガの返答は一貫して変わらない。魔皇国はあくまで戦争も辞さない構えだった。
つまり、ここでミラキアが敗北すれば魔皇国との戦争が起こってしまうという事だ。
そうなれば今、平和に暮らしている王国の人達が戦争に巻き込まれ、蹂躙される。ここで暮らしている彼女にとって魔皇国……引いては今、目の前にいるローガは明確な悪へと変わった。
「…………そう、ですか。ここで貴方を止めなければ多くの人が悲しみ、不幸になるというのなら……見過ごせない悪として成敗するのが私の責務ですっ!!」




