4 近衛騎士団長
着替えを終えたサクラとクライオスは、ほぼ同時に更衣室から姿を現し、お互いの変貌ぶりに目を丸くした。
「クライオス、貴公子みたいで素敵よ。じっとしていれば、だけどね」
『だって、服なんか着るの初めてだから、なんか体がムズムズするし動きづらいんだ』
メイドたちに寄ってたかって世話を焼かれたクライオスは、魂が抜けたような、どこか疲れ切った面持ちで返した。
二人がロビーに姿を現すと、その場にいた誰もがクライオスの美貌に目を奪われた。
目立たぬようにしたつもりだったが、彼の素材の良さとメイドたちの過剰な気合が相まって、図らずも注目を浴びることになってしまったのである。
支配人は二人を、最上の客室であるロイヤルスイートへと案内した。
本来であれば王族のみが泊まれる部屋だが、そこに二人を滞在させるよう勅書に記されていたのだ。
サクラは、無駄に広い室内と豪奢な調度品の数々に、ただただ圧倒されて呆然と立ち尽くすばかりだった。
「――それでは、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
説明を一通り終えると、支配人は完璧な所作で一礼し、音もなく静かに退室していった。
すると精霊たちが霊石から姿を現し、ホルムは革張りの大きなソファに腰掛けた。
『ふむ。体が沈み込むような座り心地で悪くない』
フィーネは金色に煌めくシャンデリアの周りを軽やかに舞った。
『これ、キラキラして、とてもキレイね』
セレーネは大理石の浴槽に水を満たして、ゆったりと浸った。
『はぁ~、生き返るようだわ』
「ちょっと、みんな! 好き勝手して壊さないでよね。わたしが一生かかっても、弁償できないものばかりなんだから」
我が物顔でくつろぐ精霊たちに注意を促しながらも、サクラは天蓋付きの大きなベッドに思い切りダイブして、ふかふかの寝心地を満喫した。
その後サクラは時間を忘れて、二度とお目にかかれないであろう逸品の数々を、目に焼き付けてまわった。
やがて夜になると、給仕たちの手によって、贅を尽くしたご馳走がテーブルへと運ばれてきた。
クライオスは、魔力があれば生きられるので、食事を摂る必要はない。
しかし、「一人じゃ食べきれないから手伝って」と、サクラにお願いされ夕食を共にした。
二人は初めて口にする至高の料理に手が止まらなくなり、気づけばご馳走を平らげていた。
満腹感と旅の疲れで強い眠気に襲われたサクラは、吸い込まれるようにベッドへと潜り込み、瞬く間に深い眠りへと落ちていった。
◇◆◇◆◇
翌朝。
つい昨日まで、サクラは極寒の村で凍てつくような寒さに震えながら朝を迎えていた。
だが今朝は、滑らかなシルクのシーツとふかふかの羽毛布団に包まれている。
もしかしたら氷竜に殺されて、天国にいるのではないかと、夢うつつにそう思うほどの心地よさだった。
豪華な朝食を終えたサクラは、高級ソファでまったりしていた。
そこへコンコンと扉をノックする音がして、支配人の落ち着いた声が聞こえた。
「サクラ様、お寛ぎのところ失礼いたします。近衛騎士団長、セドリック・グレンヴィル卿がお見えでございます」
(もう、身元保証人が見つかったの!?)
サクラは慌てて起き上がると、精霊たちが姿を消してから返事をした。
「は、はい。どうぞお入りください」
支配人が扉を開けると、純白の近衛騎士団正装に身を包んだ青年が入ってきた。
金髪の彼は、険しい表情でサクラの前まで歩み寄り、片膝をついて頭を垂れた。
「朝早くの不躾な訪問、お許しください。国王陛下の使いで参りました、近衛騎士団長セドリック・グレンヴィルと申します。昨日は、門兵が多大なる無礼を働き、心からお詫び申し上げます」
「わ、わたしは全然気にしていないので、もう謝らないでください」
宿の豪華さやご馳走など驚くことばかりで、サクラは門兵の件をすっかり忘れていたのだ。
だが、隊長の首を差し出すという物騒な発言を思い出し、彼女は心配になって尋ねた。
「あの……隊長さんと門兵さんは、どうなるんですか?」
「隊長は更迭のうえ、一兵卒へと降格となり、男爵の爵位も剥奪されるでしょう。門兵に至っては、極刑もありえます」
「そんな……いくらなんでも厳しすぎます。二人を許してあげてください」
「それはできかねます。このスイートルームは王族のみが泊まれる部屋です。すなわち、サクラ様は王族と同等の格式をもって迎えられているのです。それに、昨日お世話をしたメイドから、サクラ様のお体に真新しい擦り傷があったと報告を受けております。もしその原因が門兵にあるのならば、極刑は免れません。王族に剣を向け傷を負わせたも同然なのですから」
誰も死なせたくないサクラは、トサカ頭の男に突き飛ばされたことを伏せておくことにした。
「門兵さんは関係ないんです。わたしが勝手に転んで、ちょっと擦りむいただけなの。それに、もうすっかり治っています。ほら、見てください。だから――」
昨晩、サクラは精霊水で傷を完治させていたのだ。
「……承知いたしました。そこまで仰るのであれば、サクラ様のご意向を国王陛下にお伝えいたします。サクラ様の慈悲深いお気持ちは、必ずや陛下に届くことでしょう」
それまで険しい顔をしていたセドリックが、ふっと優しい笑みを浮かべた。
まるで白馬の王子様のようだと思い、サクラはつい見とれてしまう。
「……あ、ありがとうございます。団長さん」
「いえ、とんでもございません。話は変わりますが、昨日はシオン殿下をお救いいただき、陛下は心より感謝されております。つきましては三日後、サクラ様を晩餐にご招待し、改めて謝意を伝えたいとの仰せでございます。当日は私が責任を持って送迎を務めさせていただきますが、お受けいただけますでしょうか?」
「ええっ!? 国王様とお食事なんて、絶対に無理です! だってわたし、マナーなんて全く知らないもん!」
王族に無礼を働けば首が飛ぶと聞かされたばかりである。
国王と食事なんて生きた心地がしないわ、とサクラは内心で叫んだ。
「それでしたら、ご安心ください。もし粗相があったとしても、決して不敬には問わないと、陛下は仰せです。なので、うっかり素の言葉になったとしても、咎められることはありませんよ」
団長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
先ほど素の口調で叫んだことに気づいたサクラは、しまったと言わんばかりの表情で口元へ手を当てた。
「あの……さっきは、失礼な言い方をしてごめんなさい」
「いいえ。私も気にしませんので、公の場でなければ、敬語を使わずとも構いません。陛下は、サクラ様とお食事を共にすることを強く望まれ、格別の御配慮をくださっています。晩餐は陛下の私室にて非公式に行われ、同席されるのは王妃殿下とシオン殿下のみです。それでも心配であれば、私が最低限のマナーをお教えいたします。いかがでしょうか?」
これから行商人として生きていくうえで、マナーを身につけておいて損はないと、サクラは思った。
何より、笑顔が素敵な優しい団長から直々に、しかも無償で教えてもらえることが魅力的だった。
国王夫妻が優しそうだったのもあり、サクラはマナーの指導と晩餐への誘いを受けることにした。
クライオスも晩餐に招待されたが、サクラは適当な理由をつけて彼の参加を断った。
巨漢の門兵を軽々と投げ飛ばす怪力が、国王一家に向けられることを恐れたのだ。
その後、優しい団長の丁寧な指導により、サクラは楽しみながら作法を身につけていった。
「団長さんにお願いがあるんですけど……これは、わたしの大切なお守りです。いつも肌身離さず持っていたいので、ペンダントにしてもらえませんか?」
サクラはテーブルの上に、精霊が宿っていない霊石を置いた。
「可能ですが、加工して形を整えてもよろしいでしょうか?」
「はい。あまり小さくしなければ大丈夫です」
「承知いたしました。それではお預かりいたします」
登城当日、サクラは用意された晩餐会用の可憐なドレスに身を包み、ペンダントを首にかけた。
そして、近衛騎士団長セドリック・グレンヴィルにエスコートされて王城へと向かった。
精霊たちはペンダントの霊石に宿ってサクラに同行したが、クライオスは一人でお留守番である。




