5 王族との晩餐
サクラが萎縮しないように人払いがされているため、城内はひっそりと静まり返っている。
セドリックは、サクラを一人前のレディとして扱い、その小さな手を優しく取って国王の私室へと案内した。
「サクラ様、こちらが陛下の私室でございます。少々お待ちください」
そっとサクラから手を放したセドリックは、落ち着いた所作で扉を二度ノックした。
「入れ」という国王の穏やかな声を確認すると、彼は静かに扉を押し開いた。
室内では食卓に料理が並べられ、国王夫妻と王子の三人が柔らかな笑みを浮かべながら席についていた。
そこは給仕の姿すらない、完全に国王一家だけの空間である。
セドリックは脇に控えて道を作り、サクラが室内に入るのを見届けると、扉を静かに閉めて部屋の外で待機した。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
サクラはセドリックから教わったカーテシーを、少しぎこちなく、けれど精一杯の敬意を込めて披露した。
「よく来てくれたね、サクラ。其方が来るのをずっと心待ちにしていたよ」
「シオンを救ってくれたこと、母として心から感謝しています。本当にありがとう」
国王夫妻は席を立ってサクラに歩み寄ると、エレナ王妃は彼女を抱きしめ、頬にそっと感謝のキスを贈った。
カシアン国王もまた、自らサクラの手を取りテーブルへエスコートすると、音もなく椅子を引いて彼女を席に着かせた。
一国の王と王妃が、平民の少女に対してここまですることは、本来ならあり得ないことだ。どんなに豪華で盛大な歓迎よりも、破格のもてなしといえよう。
サクラが席に腰掛けると、正面に座るシオン王子が、精一杯の謝意を伝えた。
「座ったままでごめんなさい。まだ、立つのもままならないんだ。命を救ってくれて、本当に、本当にありがとう」
精霊水により病は治っても、筋肉や脂肪がつくわけではない。シオンの体はやせ細ったままであり、食事やリハビリを通じて、時間をかけて体力をつけていく必要がある。
「助かって、本当によかったわ」
王族なんだから立たなくていいのに、と思いながらサクラが微笑みかけると、シオンの顔がぽっと赤く染まった。
「シオン殿下、大丈夫ですか? 無理をせずに休まれた方が……」
「僕なら大丈夫。貴女にいただいた秘薬のお陰で驚くほど調子が良くて、あんなに喉を通らなかった食事が、今ではとても美味しく感じるんだ。こんなことは生まれて初めてだよ」
「お腹をこわすんじゃないかと心配になるくらい、何杯もお代わりをするのよ」
エレナは、困ったような、けれど幸せそうな微笑みを浮かべて付け加えた。
「さあ、お喋りはその辺にして、料理が冷めないうちに、いただこうじゃないか。サクラ、遠慮はいらないよ」
穏やかに言うと、カシアンは自ら料理に手を伸ばし、サクラに食べるよう促した。
まだ自力でうまく食べられないシオンの口に、王妃が離乳食のような柔らかい食べ物をスプーンで運んだ。それを美味しそうに口にする息子を、国王夫妻は慈愛に満ちた親の顔で見守った。
サクラが食事を終えるのを見計らって、カシアンは黒色のカードを彼女の前へと差し出した。
「サクラ、これが君の望んでいたギルドカードだ」
予期せぬサプライズにサクラは喜んだものの、カードの色を確かめるやいなや、困惑の表情を浮かべた。
「あの……国王陛下。行商人のギルドカードは緑がかった鉄色なんです」
商売の形態によりランクがあり、行商人は最下位の鉄製ギルドカードである。
「それは余が特例で誂えさせた、名誉最高ランクのオリハルコン製ギルドカード。あらゆるランクに有効なので、『行商人』としての身分も保証されている。それを提示すれば、ル・パレ・ロワイヤルのスイートルームを無償で利用できるし、国内のあらゆる検問を並ぶことなく、優先的に通過することが許されるぞ」
ギルドカードの表には王家の紋章が、裏には身元保証人としてカシアンの名が刻まれている。
(こんな国宝級の凄いカード、気安く持ち歩けないわよ!)
しかし、規定の年齢制限に引っかかるサクラのカードが作れたのは、国王が商業ギルドに働きかけたからである。
「国王陛下。ありがとうございます。本当に嬉しいです」
サクラが満面の笑みでギルドカードを受け取り、素直に感謝を述べると、カシアンは満足げに頷いた。しかし、それまで柔和だった彼の面持ちが、どこか切実なものへと一変した。
「実は、サクラに折り入って頼みがある。余にも『秘薬』を分けてはもらえぬだろうか。それが門外不出の至宝であることは重々承知している。もちろん、できうる限りの謝礼はさせてもらう――」
続けてカシアンは、秘薬を欲する理由を語り始めた。
この国の王家は代々虚弱な体質のため短命で、歴代の最高齢は現国王カシアンの四十三歳である。
その体質のせいで、なかなか子宝に恵まれなかったが、三十歳の時にようやく一人息子のシオンを授かった。
しかし、そのシオンも生まれながらに病弱で、侍医からは成人まで生きながらえることは叶わないと告げられていた。
それから十三年が経ち、短い生涯を閉じようとしていたシオンを救ったのが、サクラの秘薬である。
自分より小柄なため年下だと思い込んでいたシオンが、実は三歳も年上だと知ってサクラは驚いた。
「侍医によれば、余の命は長くてあと一年だという。これまでは、シオンさえ助かればこの命など惜しくはないと考えていた。だが、愚かなものだな。実際に息子が救われると、さらなる欲が芽生えてしまったのだ。せめてシオンが成人し、立派に王位を継ぐ姿を見届けるまで、生き延びたいと願ってしまった。あと七年……いや、せめて五年の猶予がほしい。サクラよ、頼む。力を貸してはくれまいか」
「わたくしからも、どうかお願いします」
国王夫妻は深く頭を下げて懇願し、シオンは縋るような眼差しをサクラへ向けた。
父親のいない寂しさを身に染みて知っているサクラは、秘薬を渡そうとしたが、その前にずっと気がかりだったことを尋ねた。
「国王陛下。門兵さんと隊長さんの件は、どうなりましたか?」
「それについては、セドリックから報告を受けている。其方の慈悲に免じ、二人とも大幅な減刑とした。本来ならば隊長は十五年の服役を免れぬところだが、直ちに放免することにした」
「それじゃ隊長さんは、元の仕事に戻れるんですね」
「それはできぬ。彼は除隊処分となり、男爵の爵位も剥奪する。部下が王家の恩人に刃を向けた罪は重い。国の秩序を保つためにも、相応の刑を科さねばならぬのだ。其方が気に病むことではないぞ」
「でも、わたしが王子様を助けなければ、隊長さんが処分されることはなかったわ。お願いです。隊長さんを許してあげてください。でなければ、秘薬は渡せません」
隊長には家族がおり、幼い子もいると、サクラは聞いていた。
自分のせいで彼らが路頭に迷うことだけは、どうしても避けたかったのだ。
しばし目をつむり黙考していたカシアンは、やがて諦めたように重いため息を漏らした。
「やむを得まい。隊長への処分は厳重注意に留め、元の任務に復帰させよう。これでよいか?」
「はい。ありがとうございます。それともう一つお願いがあります。行商をするための馬車をいただけませんか? できれば馬の扱い方も教えて欲しいのですが」
「わかった。早急に馬車を用意させよう。馬の扱い方については、セドリックに手解きを受けるといい」
交渉が成立したので、サクラは銀の杯に水を注ぎながら、霊石に宿るセレーネに事情を説明した。
「――精霊水で国王の寿命を延ばせる?」
『もちろんよ。それどころか、虚弱な体質だって治るわ』
サクラから渡された精霊水を飲み干すと、カシアンは目を見開いて叫んだ。
「これは……なんだか気分が優れてきたぞ。まるで力が漲ってくるようだ」
これまでカシアンは食が細く、贅を尽くした料理を前にしても、あまり口をつけることはなかった。だが、急に食欲が湧いてきた彼は、料理を一口食べたとたん感動の声を上げた。
「美味い、これほど飯が美味いと感じたのは初めてだ!」
手が止まらなくなり、あっという間に料理を平らげると、彼は満足げな表情を浮かべたのだった。
◇◆◇◆◇
晩餐の後、サクラはセドリック団長に送られて、ル・パレ・ロワイヤルへ戻った。
馬車が宿に到着するなり、まるで飼い主を待ちわびていた仔犬のように、クライオスが『サクラ、お帰り!』と叫びながら、嬉しそうに駆け寄った。
サクラがスイートルームに入ると、精霊たちが霊石から姿を現し、ホルムがソファに腰掛けながら尋ねた。
『サクラ、馬車なんか貰って、どうするつもりじゃ?』
「今後は馬車で移動するつもりよ」
『荷物ならクライオスの亜空間に収納できるし、移動なら氷竜に乗った方が断然速かろう。それなのに何故、わざわざ馬車なんかを使うのじゃ?』
「だって氷竜が現れたら、みんな驚いてパニックになっちゃうわ。大きな竜で人目につかずに移動するのは困難よ。それに行方不明のお父さんのことも探したいの。一足飛びで移動したら、途中にお父さんの手がかりがあっても気づけないでしょ」
サクラは、そのことをクライオスとセレーネにも伝え、みんなの了承を得たのだった。




