4 新しい友達
いくら外見が純真そうな少年であっても、本質は強大な力を持った氷竜である。
「だけど、連れて行くには条件があるわ。普段は人間の姿でいること。それから、わたしの言うことをちゃんと聞くこと。いい?」
『うん、約束するよ。ボクはクライオスっていうんだ』
サクラが精霊たちに事情を説明すると、ホルムは真剣な眼差しで諭した。
『白狼の時にも忠告したが、そう簡単に信用してはならん。氷竜が嘘をついておるかもしれないのじゃぞ』
「でも、白狼さんを信じたから、わたしたちは氷牙山へ無事に辿り着けたのよ。それにクライオスは嘘なんてついてないと思う。わたし、人を見る目には自信があるの」
『氷竜は人ではなく、恐ろしい魔物じゃぞ』
『そうよ、サクラ』
ホルムにフィーネが賛同すると、サクラはジト目で少しいたずらっぽく返した。
「二人とも、わたしの目を疑うの? わたしはホルム爺とフィーネを心から信頼しているけど、それも疑うことになるわね。つまり、二人はお互いのことを信用できない精霊だって認めちゃうことになるわよ」
二人は顔を見合わせて肩をすくめたあと、ホルムは好々爺の面持ちで語った。
『サクラには敵わんのう。ワシはフィーネを、大切な孫のように思っておる。サクラのお陰でフィーネと出会うことができて、言葉を交わせるようになった。サクラには心から感謝しておるのじゃ』
『アタシだって同じよ。ホルムジイのことが大好きだもの』
『じゃが、意図せずとはいえ、氷竜が親を死なせたように、サクラも同じ目に遭うのではないかと、ワシは心配なのじゃよ』
「魔石があれば、きっと大丈夫よ。それにクライオスがいなければ、わたしたちは無事に帰れないわ」
『それはそうなのじゃが……やむを得ぬか……』
不承不承ながらも、精霊たちは氷竜の同行を容認した。
「それじゃ行きましょう、クライオス」
『ちょっと待って。残りの魔石を持っていくから』
クライオスは、魔石を次々と口に放り込み、あっという間にすべてを飲み込んでしまった。大量にあった魔石を平らげても、彼の体型に変化は見られない。
洞窟の出口に向かいながら、サクラはクライオスに精霊たちを紹介した。
「わたしが抱っこしているのはホルム爺で地の精霊よ。飛んでいるのはフィーネで風の精霊なの。二人ともわたしの親友だから、クライオスも仲良くしてね」
『サクラは精霊とも話ができるの?』
「なぜか分からないけど、人以外の言葉も理解できるの。でも、二人は人の言葉を覚えたから、今は人語で会話しているのよ」
『だからサクラはボクとも会話ができるんだね……』
洞窟の出口付近に差し掛かった瞬間、クライオスの足が竦んだ。あまりにも引きこもりが長かったせいで、外界への恐怖に駆られたのだ。
「大丈夫、クライオス?」
異変に気づいたサクラが、優しく微笑みながら手を差し出すと、それをクライオスは握り締めた。
(もう独りぼっちは嫌だ! いつまでもサクラと一緒にいたい!!)
クライオスは勇気を振り絞って、一歩を踏み出した。
洞窟の外へ出たクライオスは、三メートルほどの氷竜へ姿を変え腹ばいになった。
『ボクに乗って。途中まで飛んでいく方が速いし、獣に襲われる心配もないからね』
サクラは瞳をキラキラと輝かせて氷竜に跨り、ホルムはその前に座って、フィーネは彼女の肩にちょこんと乗った。
氷竜は徐々に巨大化すると大きく羽ばたいて、ゆっくりと大空へと舞い上がった。
「すごいわ! ホルム爺、わたしたち飛んでいるのよ!」
『うむ、長生きはするものじゃな。まさか地の精霊であるワシが、大空を飛ぶ日がくるとは、思いもしなかったわい』
眼下に広がる絶景を満喫しながら、ホルムはこれもサクラのお陰だと心の中で感謝した。
「フィーネが羨ましいわ。だって、こんなに素敵な景色をいつでも眺められるんでしょ」
『そうよ。アタシは自由に大空を飛べるからね』
やがて、サクラは地表を駆ける狼の群れを見つけた。
「あっ、白狼さんだ! クライオス、あそこへ降りてちょうだい」
上空から降りてくる巨大な竜に気づいた白狼は、サクラが洞窟に辿り着けず、氷竜を呼び寄せてしまったのだと思った。
そして、サクラを洞窟まで送り届けなかったことを激しく後悔して死を覚悟した。
氷竜が地上に舞い降り、静かにその巨体を伏せると、サクラは軽やかに背中から雪の上へ飛び降りた。
彼女は、恐怖のあまり硬直している白狼に駆け寄り、その首元に抱きついてモフモフを堪能した。
銀狼たちの中には、失禁したり気絶したりしているものもいる。
「白狼さんのおかげで、洞窟に辿り着けたわ。本当にありがとうね」
『……ならば……どうして……ここに氷竜が?』
白狼は今にも消え入りそうな震える声で問い返した。
「お友達の氷竜さんが、わたしたちを運んでくれたの」
『氷竜が……友達だと!? ……ワレらを滅ぼしに来たのではないのか?』
「そんなことしないわ。だって氷竜さんは、とても優しいのよ」
『……フッ、フハハハハ。本当に貴様は変わっておるな。ますます気に入ったぞ』
モフモフを十分に堪能し、白狼と別れて満足げな表情で戻ってきたサクラに、クライオスは尋ねた。
『随分と親しげだけど……あの獣は?』
「白狼さんは、わたしたちを洞窟の近くまで乗せていってくれたの。白狼さんのたてがみってふかふかだから、モフモフすると気持ちいいんだ」
『そうなの?』
「クライオス、ちょっと待っていてね。あそこに山ブドウが実っているから、いくつか採ってくるわ」
元気に駆けていったサクラが、両手いっぱいに山ブドウを採って戻ると、クライオスは白狼の姿になっていた。
『ここからは、この姿で乗せていくよ』
「すごいわ! クライオスって、どんな姿にもなれるのね」
モフモフしてほしくてクライオスは白狼の姿になったが、あいにくサクラの両手は山ブドウで塞がっている。
『その山ブドウは、ボクが持っていくよ。それを持ったままじゃ、ボクの背中には乗れないだろ』
「助かるわ。それじゃ、お願いね」
サクラが山ブドウを差し出すと、クライオスはそれをパクリと丸呑みにした。
彼女は目を丸くして叫んだ。
「あ~っ、食べちゃダメだよ! それはお母さんとカエデへのお土産なんだから!」
『食べたんじゃないよ。ボクの体内には、魔力でつくった特殊な空間があって、そこに収納したんだ。鮮度はそのままで自在に取り出せるから、安心していいよ』
クライオスは飲み込んだ山ブドウを、もとの状態のままで吐き出してみせた。
「すごいわ、クライオス!!」
さらに目を見開き信じられないといった表情で叫んだ。
だから魔石を大量に飲み込んでも彼の体型が変わらなかったんだと、サクラは納得した。
再びクライオスが山ブドウを飲み込むと、サクラは彼の背中に跨った。
「それじゃクライオス、集落の近くまでお願いね」
『……う、うん。任せて』
モフモフしてもらいたかったクライオスは、しょんぼりとした口調で返事すると、どこか力なく走り出した。
「クライオス、お願いがあるの。薪になる木と食料を確保したいんだけど、手伝ってくれる?」
『うん、いいよ』
道中、クライオスは人の姿になると、手を鋭い刃物へと変えて樹木を断ち切った。薪にちょうど良い大きさに揃えては、次々と体内の亜空間に収納していく。さらにホルムが地中から探し出した根菜なども収納した。
何か所も寄り道をしたため、集落の近くまで戻ってきた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
クライオスはサクラを降ろすと、人間の姿――白銀髪の美少年に変化した。
サクラはクライオスを連れて我が家へと向かい、精霊たちは姿を消してその後に続いた。
帰宅するとサクラは家の裏へ回り、周囲に誰もいないのを確認した。
「クライオス、ここに穴を掘って食料を入れた後、雪を被せてちょうだい」
『うん、わかった』
クライオスは両手をスコップ状に変えて穴を掘ると、亜空間から食料を取り出し、あっという間に雪で覆い隠した。こうして天然の冷蔵庫を作ることで、食料を長期保存するのだ。
「薪用の木は、この小屋にお願いね」
クライオスは木を取り出すと、屋根だけの粗末な薪小屋に素早く積み上げた。
それが終わると二人は玄関の前へと移動した。
「悪いけどクライオス、しばらく外で待っていてくれる?」
『うん、わかった』
両手に食材を抱えたサクラは、家族を安心させようと、努めて明るい声で家の中へと入った。
「ただいま、お母さん」
だが、誰の返事もなかった。
室内は暖炉の火が消えかけ、凍えそうなほど寒くて薄暗い。
サクラを犠牲にした罪悪感に耐えきれず、フレイヤは体調を悪化させてベッドに伏していたのだ。
サクラは食材をテーブルに置くと、まだ一日も経っていないのに、やつれてうなされている母のもとへと駆け寄った。
「どうしたの、お母さん!? 大丈夫?」
「サクラ!? ……夢を……見ているの?」
「夢じゃないわ、お母さん。わたし帰ってきたのよ」
サクラに手を握り締められて、フレイヤはようやく現実だと悟った。彼女はサクラを抱きしめると、堰を切ったように涙を流しながら、ひたすら謝罪の言葉を重ねた。
「お母さん、わたしは大丈夫だから、もう自分を責めないで」
すると母の隣で眠っていたカエデが目を覚ました。
「おねえちゃん……? おなかすいた、おなかすいた~!」
「ちょっと待っててね、カエデ。すぐに夕飯をつくるわ」
サクラが暖炉に薪をくべると、炎の明るさと温もりが室内に広がった。
彼女は採ってきた食材をふんだんに使ってスープを煮込んだ。
それを食卓に並べると、カエデはスプーンいっぱいの具材を頬張り、満面の笑みを浮かべた。
母親は目の前の信じられない光景に、食べるのも忘れて問いかけた。
「サクラ……どうしたの? こんなにたくさんの食材……」
「お母さん、話は食べてからにしましょう。わたしも、お腹ぺこぺこなの」
「……そうね。サクラ、とても美味しいわ」
久しぶりのまともな食事を、家族は心ゆくまで堪能し、身も心も満たされた気分になったのだった。




