8 商業都市
王都を出発してから五日後、とある商業都市へと辿り着いたサクラは、クライオスのギルドカードを作るため、商業ギルドに立ち寄った。
青年姿のクライオスを伴い建物に入ると、サクラは受付カウンターへと向かった。
「すみません。彼のギルドカードを作りたいんですけど」
しかし、受付嬢はクライオスの神秘的な美貌に目を奪われ、放心状態になっていた。
「お姉さん?」
「あっ! 失礼しました。ええと……新規登録でしたね。では、こちらの申請書にご記入をお願いいたします」
受付嬢が頬を赤らめながらクライオスに差し出した申請書を、サクラが代わりに受け取り書き込もうとした。
「お客様。恐れ入りますが、ご本人様にご記入いただく決まりとなっております」
「彼は異国の出身で、旧言語しか分からないから書けないんです」
「その場合は、身元保証人による代筆が必要となります」
「わたしが彼の身元保証人なんですけど……」
「申し訳ございませんが、年齢制限によりお客様では……しょ、少々お待ちくださいませ!」
サクラがギルドカードを提示すると、受付嬢は血相を変えて奥の部屋へ駆け込んだが、すぐに戻ってきて深々と頭を下げた。
「大変お待たせいたしました、サクラ様。これより先の手続きは、奥の応接室にて承ります。どうぞ、こちらへ」
二人が案内された部屋には、銀白色の髪を美しく結い上げ、凛とした気品をまとう老婦人が待っていた。
「私は当ギルドの支部長を務めております、エリヴィア・グレイスフォードと申します。サクラ様にお目にかかれて光栄ですわ。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
支部長に促されてサクラとクライオスがソファに腰を下ろすと、傍らに控えていた受付嬢が、にこやかな笑みを浮かべながら質問を始めた。
「では、申請に必要なことを幾つかお伺いします。まず、サクラ様と登録される男性は、どのようなご関係でしょうか?」
王都ではクライオスと『兄妹』で通してきたサクラは、いつものように迷いなく答えた。
「彼は、わたしの兄です」
「えっ……!? あ、あの……お兄様は確か、十三歳ほどとお伺いしておりましたが……」
受付嬢は困惑した様子で、まじまじとクライオスを見つめた。
王都にいた頃の彼は少年の姿をしていたが、現在の姿はどう見ても二十代後半の青年である。
「あ、あの……それは……別の兄なんです!」
「……左様でございましたか。他にもご兄弟がいらっしゃったのですね」
墓穴を掘ってしまったサクラは、しどろもどろになりながらも、なんとかその場を切り抜けると、それ以降は慎重に言葉を選んで受け答えをした。
やがて聞き取りを終えた受付嬢が、ギルドカード作成のために退室すると、エリヴィア支部長の穏やかな笑みが消え、凛とした真剣な面持ちへと変わった。
「さて、サクラ様。実は一つ、お伝えせねばならぬことがございます。お父様を捜されている件、こちらにも通達があり調査いたしましたが、残念ながら、この都市に立ち寄られた形跡は見つかりませんでした。掲示板にも尋ね人として貼り出してはおりますが、今のところ有力な情報は得られておりません」
「そうですか。いろいろとありがとうございます……」
しんみりとしてしまった空気を振り払うように、サクラはパンと手を叩き、努めて明るく声を弾ませた。
「そうだ! 支部長さんは、この辺りのお店について詳しいですか?」
「ええ。この都市内でしたら、すべての店を把握しております。なにかお探しのお店でもございますか?」
「この近くで、手頃なご飯屋さんと宿屋があれば教えてください」
「それでしたら、サクラ様にお勧めのお食事処と宿がございますので、よろしければご案内いたします」
「いえ、そこまでしてもらうのは申し訳ないので、場所を教えてもらえれば自分たちで行きます。それにせっかくなので街を見て回りたいので」
「左様でございますか。それでは地図を用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」
どこか残念そうに一礼して応接室を後にした支部長は、手際よく用件を済ませ、まもなく戻ってきた。
「お待たせいたしました。サクラ様、こちらが――」
支部長は、クライオスのギルドカードと地図、そして二枚の紹介状をサクラに手渡し、飯屋と宿の場所を丁寧に説明した。
サクラは支部長にお礼を述べて応接室から出ると、ふとロビーにある掲示板の前で足を止めた。
「ええーっ!? 有力な情報には、金貨百枚の懸賞金ですって!?」
行方不明の父ジン・スグリに関する破格の報奨金に、サクラは目を丸くして思わず声を上げた。
商業ギルドを後にしたサクラは、ゆっくりと馬車を走らせながら、初めて目にする街並みを満喫した。知らない景色に出会えることは、行商旅における彼女の大きな楽しみの一つなのだ。
地図を頼りに、支部長お勧めのお食事処『エリュシオンの食卓』と思しき場所まで辿り着いた。
旅の道中で寄った小さな宿場町の食堂を想像していたサクラは、目の前にそびえる立派な建物の佇まいに唖然とした。
サクラは困惑し、通りかかった老人に声を掛けた。
「すみません、お爺さん。あの立派な建物は何ですか?」
「ありゃあ、この都市で最高級の料理店『エリュシオンの食卓』じゃよ。ワシらのような平民には一生縁のないところじゃがな」
(支部長さん! わたし、「お手頃」なお店ってお願いしたのに!)
サクラは内心でツッコミを入れながら、支部長とは金銭感覚がかけ離れていることを痛感した。
店に出入りする客は誰もが一目で大金持ちとわかる身なりで、サクラのような平民の服装をした者は一人も見当たらない。
わざわざ紹介状まで書いてもらったのに、行かなければ失礼に当たるし、それを支部長が知れば気まずくなる。
どうしようか迷ったが、高い授業料だと思い、サクラはそこで夕食をいただくことにした。
王家の晩餐で着用した衣装は、クライオスの亜空間に仕舞ってある。
馬車の中でサクラはそのドレスへと着替え、クライオスは貴族風の格好へと姿を変えた。
クライオスは御者台に戻ると、馬車を店の前まで移動させた。
サクラは馬車から降りると、入り口に立つ身なりの整った案内係に紹介状を手渡した。
案内係はそれを手に建物内へ消え、しばらくして支配人を伴って戻ってきた。
「ようこそお越しくださいました、サクラ様。私は当店の支配人を務めております、アルベールと申します。当店で最も眺めの良い、最高の個室へとご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
高級料理なら『ル・パレ・ロワイヤル』で散々食べたが、どれもただ飯だったので、サクラは相場が全く分からなかった。
豪華絢爛な内装に圧倒され、手持ちのお金が足りなかったらどうしようと、サクラは不安になってきた。
特別室へと案内され、サクラとクライオスが席に着くと、支配人アルベールは丁寧な物腰で料理の説明を始めた。
「これより最高級の食材を惜しみなく用いたフルコースの準備に入らせていただきます。最初の一皿をお持ちするまで、少々お時間を頂戴いたしますが――」
(フ、フルコースって、この店で一番高価なメニューじゃないの!?)
「ちょっ、ちょっと待ってください、支配人さん! あの……わたし……あまりお金がないので、一番安い料理でお願いします」
サクラは思わず支配人の言葉を遮り、顔を真っ赤にしながら正直に告白した。
するとアルベールは目を細め、穏やかな声で返した。
「紹介状に、費用はすべて商業ギルドが負担すると記されておりますので、お支払いの心配は無用でございます」
支配人が退室して気が抜けたサクラは、恥ずかしさもありテーブルに突っ伏して大きなため息をついた。
ともあれ、タダで振る舞われた絶品のフルコースを存分に堪能したサクラとクライオスは、今晩泊まる宿へと向かった。
案の定、支部長お勧めの『ソラリス・パレス』は、最高級の宿だった。
支配人に確認すると、宿泊費は商業ギルドが支払うことになっていたので、サクラは安心して泊まることができた。
翌朝、商業ギルドに立ち寄ったサクラは、エリヴィア支部長にお礼を伝えてから、イグナリア帝国を目指して馬車を走らせた。
その夜、辿り着いた小さな宿場町の宿で、サクラがクライオスの行商人用ギルドカードを提示すると、不愛想な宿主に鍵を渡され自分で部屋へ向かうよう告げられた。
これまでは宿主が愛想よく一番いい部屋まで案内したが、今回は打って変わって、随分と質素な部屋だった。
サクラとクライオスが中に入り扉を閉めると、霊石から精霊たちが姿を現し、セレーネが室内を見回して顔をしかめた。
『なによ、これ。サクラ、部屋を間違えてるわよ』
「ちゃんと部屋番号を確認したから、ここで間違いないわ」
『こんな浴槽もない粗末な部屋なんて嫌よ!』
『これまでの部屋に比べると、随分と酷い部屋じゃな』
『薄暗いし、空気がどんよりしているわ』
セレーネに続いて、ホルムとフィーネまでもが不満を口にした。
「ごめんね、セレーネ。これまで優遇されてきたのは、すべてセレーネが精霊水を与えてくれたお陰よ。何の苦労もしていないわたしが特別扱いされるのはよくないわ。それに、これくらいの部屋の方が、わたしには合っているの。だから悪いけど、この部屋で我慢してくれない?」
サクラは頭の上で両手を合わせ、拝むようにしてセレーネにお願いした。
極寒のヴォルガ村に比べれば、凍えずに眠れるだけでもサクラにとっては十分に有難かった。ご馳走でなくても、ひもじい思いをせずに済むだけで幸せなのだ。
だから必要がない限り、サクラはオリハルコン製カードを使わないことに決めたのである。
『ふん。仕方ないわね。それなら、少しでも過ごしやすいように、淀んだ空気を浄化してあげるわ』
セレーネは空気中の水分を精霊水に変えて室内を清めた。
「わぁ、なんか清々しくなってきたわ。セレーネって、本当に凄いのね!!」
『オーッホッホッホッ! そうよ、ワタクシは凄いの。だからもっと、ワタクシを褒め称えなさい!』
得意満面で高笑いするセレーネをひとしきり褒めちぎった後、サクラは他の仲間にも自らの思いを伝え理解を求めた。
『ワシは構わんよ』
『アタシも構わないわ』
『ボクはサクラと一緒なら、どこだっていいよ』
これからは質素な旅になることを、ホルム、フィーネ、クライオスの三人は快諾したのだった。
◇◆◇◆◇
道中、サクラはアルゴスとセレスティアの体格差を常に気遣っていた。セドリック団長から「歩調のズレは馬の負担になる」と教わっていた彼女は、無理をさせぬよう速度を抑え、休憩をこまめに挟むことを徹底した。
それにもかかわらず、他の馬車よりも早く目的地に到着できたのは、精霊たちの助力があったからに他ならない。
悪路に差し掛かれば、地の精霊ホルムが道を均し、上り坂では風の精霊フィーネが馬車を背後から風で押して、二頭の負担を軽減させたのだ。
また、南下するにつれて暑さが増すと、クライオスが御者台から冷気を送り、二頭は快適に走ることができたのである。
王都を出発して八日目。サクラたちが予定通り国境へ辿り着くと、出国の検問待ちで長蛇の列ができていた。
今回はブラックカードを使わないので、サクラが馬車を列の最後尾へつけると、一人の門兵が駆け寄って声をかけた。
「サクラ様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
彼は検問のない専用の通路へと馬車を誘導した。
「あの、門兵さん。どうしてわたしのことを知っているの?」
「サクラ様がこちらを通られる際は丁重にお迎えせよと、陛下より厳命が届いております。それと、馬車に刻まれた王家の紋章を見て、すぐに分かりました」
普通の行商人として出国するつもりだったので、ただでさえ目立つ豪華な馬車に王族の紋章まで入っていたことを、サクラはすっかり失念していたのだった。




