↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

8 商業都市

 王都を出発してから五日後、とある商業都市へと辿り着いたサクラは、クライオスのギルドカードを作るため、商業ギルドに立ち寄った。

 青年姿のクライオスを伴い建物に入ると、サクラは受付カウンターへと向かった。


「すみません。彼のギルドカードを作りたいんですけど」


 しかし、受付嬢はクライオスの神秘的な美貌に目を奪われ、放心状態になっていた。


「お姉さん?」

「あっ! 失礼しました。ええと……新規登録でしたね。では、こちらの申請書にご記入をお願いいたします」


 受付嬢が頬を赤らめながらクライオスに差し出した申請書を、サクラが代わりに受け取り書き込もうとした。


「お客様。恐れ入りますが、ご本人様にご記入いただく決まりとなっております」

「彼は異国の出身で、旧言語しか分からないから書けないんです」

「その場合は、身元保証人による代筆が必要となります」

「わたしが彼の身元保証人なんですけど……」

「申し訳ございませんが、年齢制限によりお客様では……しょ、少々お待ちくださいませ!」


 サクラがギルドカードを提示すると、受付嬢は血相を変えて奥の部屋へ駆け込んだが、すぐに戻ってきて深々と頭を下げた。


「大変お待たせいたしました、サクラ様。これより先の手続きは、奥の応接室にて承ります。どうぞ、こちらへ」


 二人が案内された部屋には、銀白色の髪を美しく結い上げ、凛とした気品をまとう老婦人が待っていた。


「私は当ギルドの支部長を務めております、エリヴィア・グレイスフォードと申します。サクラ様にお目にかかれて光栄ですわ。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 支部長に促されてサクラとクライオスがソファに腰を下ろすと、傍らに控えていた受付嬢が、にこやかな笑みを浮かべながら質問を始めた。


「では、申請に必要なことを幾つかお伺いします。まず、サクラ様と登録される男性は、どのようなご関係でしょうか?」


 王都ではクライオスと『兄妹』で通してきたサクラは、いつものように迷いなく答えた。


「彼は、わたしの兄です」

「えっ……!? あ、あの……お兄様は確か、十三歳ほどとお伺いしておりましたが……」


 受付嬢は困惑した様子で、まじまじとクライオスを見つめた。

 王都にいた頃の彼は少年の姿をしていたが、現在の姿はどう見ても二十代後半の青年である。


「あ、あの……それは……別の兄なんです!」

「……左様でございましたか。他にもご兄弟がいらっしゃったのですね」


 墓穴を掘ってしまったサクラは、しどろもどろになりながらも、なんとかその場を切り抜けると、それ以降は慎重に言葉を選んで受け答えをした。

 やがて聞き取りを終えた受付嬢が、ギルドカード作成のために退室すると、エリヴィア支部長の穏やかな笑みが消え、凛とした真剣な面持ちへと変わった。


「さて、サクラ様。実は一つ、お伝えせねばならぬことがございます。お父様を捜されている件、こちらにも通達があり調査いたしましたが、残念ながら、この都市に立ち寄られた形跡は見つかりませんでした。掲示板にも尋ね人として貼り出してはおりますが、今のところ有力な情報は得られておりません」

「そうですか。いろいろとありがとうございます……」


 しんみりとしてしまった空気を振り払うように、サクラはパンと手を叩き、努めて明るく声を弾ませた。

 

「そうだ! 支部長さんは、この辺りのお店について詳しいですか?」

「ええ。この都市内でしたら、すべての店を把握しております。なにかお探しのお店でもございますか?」

「この近くで、手頃なご飯屋さんと宿屋があれば教えてください」

「それでしたら、サクラ様にお勧めのお食事処と宿がございますので、よろしければご案内いたします」

「いえ、そこまでしてもらうのは申し訳ないので、場所を教えてもらえれば自分たちで行きます。それにせっかくなので街を見て回りたいので」

「左様でございますか。それでは地図を用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」


 どこか残念そうに一礼して応接室を後にした支部長は、手際よく用件を済ませ、まもなく戻ってきた。


「お待たせいたしました。サクラ様、こちらが――」


 支部長は、クライオスのギルドカードと地図、そして二枚の紹介状をサクラに手渡し、飯屋と宿の場所を丁寧に説明した。

 サクラは支部長にお礼を述べて応接室から出ると、ふとロビーにある掲示板の前で足を止めた。


「ええーっ!? 有力な情報には、金貨百枚の懸賞金ですって!?」


 行方不明の父ジン・スグリに関する破格の報奨金に、サクラは目を丸くして思わず声を上げた。


 商業ギルドを後にしたサクラは、ゆっくりと馬車を走らせながら、初めて目にする街並みを満喫した。知らない景色に出会えることは、行商旅における彼女の大きな楽しみの一つなのだ。

 地図を頼りに、支部長お勧めのお食事処『エリュシオンの食卓』と思しき場所まで辿り着いた。

 旅の道中で寄った小さな宿場町の食堂を想像していたサクラは、目の前にそびえる立派な建物の佇まいに唖然とした。

 サクラは困惑し、通りかかった老人に声を掛けた。


「すみません、お爺さん。あの立派な建物は何ですか?」

「ありゃあ、この都市で最高級の料理店『エリュシオンの食卓』じゃよ。ワシらのような平民には一生縁のないところじゃがな」


 (支部長さん! わたし、「お手頃」なお店ってお願いしたのに!)


 サクラは内心でツッコミを入れながら、支部長とは金銭感覚がかけ離れていることを痛感した。

 店に出入りする客は誰もが一目で大金持ちとわかる身なりで、サクラのような平民の服装をした者は一人も見当たらない。

 わざわざ紹介状まで書いてもらったのに、行かなければ失礼に当たるし、それを支部長が知れば気まずくなる。

 どうしようか迷ったが、高い授業料だと思い、サクラはそこで夕食をいただくことにした。

 王家の晩餐で着用した衣装は、クライオスの亜空間に仕舞ってある。

 馬車の中でサクラはそのドレスへと着替え、クライオスは貴族風の格好へと姿を変えた。

 クライオスは御者台に戻ると、馬車を店の前まで移動させた。

 サクラは馬車から降りると、入り口に立つ身なりの整った案内係に紹介状を手渡した。

 案内係はそれを手に建物内へ消え、しばらくして支配人を伴って戻ってきた。


「ようこそお越しくださいました、サクラ様。私は当店の支配人を務めております、アルベールと申します。当店で最も眺めの良い、最高の個室へとご案内いたします。どうぞ、こちらへ」

 

 高級料理なら『ル・パレ・ロワイヤル』で散々食べたが、どれもただ飯だったので、サクラは相場が全く分からなかった。

 豪華絢爛な内装に圧倒され、手持ちのお金が足りなかったらどうしようと、サクラは不安になってきた。

 特別室へと案内され、サクラとクライオスが席に着くと、支配人アルベールは丁寧な物腰で料理の説明を始めた。


「これより最高級の食材を惜しみなく用いたフルコースの準備に入らせていただきます。最初の一皿をお持ちするまで、少々お時間を頂戴いたしますが――」


 (フ、フルコースって、この店で一番高価なメニューじゃないの!?)

 

「ちょっ、ちょっと待ってください、支配人さん! あの……わたし……あまりお金がないので、一番安い料理でお願いします」


 サクラは思わず支配人の言葉を遮り、顔を真っ赤にしながら正直に告白した。

 するとアルベールは目を細め、穏やかな声で返した。


「紹介状に、費用はすべて商業ギルドが負担すると記されておりますので、お支払いの心配は無用でございます」


 支配人が退室して気が抜けたサクラは、恥ずかしさもありテーブルに突っ伏して大きなため息をついた。

 ともあれ、タダで振る舞われた絶品のフルコースを存分に堪能したサクラとクライオスは、今晩泊まる宿へと向かった。

 案の定、支部長お勧めの『ソラリス・パレス』は、最高級の宿だった。

 支配人に確認すると、宿泊費は商業ギルドが支払うことになっていたので、サクラは安心して泊まることができた。

 

 翌朝、商業ギルドに立ち寄ったサクラは、エリヴィア支部長にお礼を伝えてから、イグナリア帝国を目指して馬車を走らせた。

 その夜、辿り着いた小さな宿場町の宿で、サクラがクライオスの行商人用ギルドカードを提示すると、不愛想な宿主に鍵を渡され自分で部屋へ向かうよう告げられた。

 これまでは宿主が愛想よく一番いい部屋まで案内したが、今回は打って変わって、随分と質素な部屋だった。 

 サクラとクライオスが中に入り扉を閉めると、霊石から精霊たちが姿を現し、セレーネが室内を見回して顔をしかめた。


『なによ、これ。サクラ、部屋を間違えてるわよ』

「ちゃんと部屋番号を確認したから、ここで間違いないわ」

『こんな浴槽もない粗末な部屋なんて嫌よ!』

『これまでの部屋に比べると、随分と酷い部屋じゃな』

『薄暗いし、空気がどんよりしているわ』


 セレーネに続いて、ホルムとフィーネまでもが不満を口にした。


「ごめんね、セレーネ。これまで優遇されてきたのは、すべてセレーネが精霊水を与えてくれたお陰よ。何の苦労もしていないわたしが特別扱いされるのはよくないわ。それに、これくらいの部屋の方が、わたしには合っているの。だから悪いけど、この部屋で我慢してくれない?」


 サクラは頭の上で両手を合わせ、拝むようにしてセレーネにお願いした。

 極寒のヴォルガ村に比べれば、凍えずに眠れるだけでもサクラにとっては十分に有難かった。ご馳走でなくても、ひもじい思いをせずに済むだけで幸せなのだ。

 だから必要がない限り、サクラはオリハルコン製カード(ブラックカード)を使わないことに決めたのである。


『ふん。仕方ないわね。それなら、少しでも過ごしやすいように、淀んだ空気を浄化してあげるわ』


 セレーネは空気中の水分を精霊水に変えて室内を清めた。


「わぁ、なんか清々しくなってきたわ。セレーネって、本当に凄いのね!!」

『オーッホッホッホッ! そうよ、ワタクシは凄いの。だからもっと、ワタクシを褒め称えなさい!』


 得意満面で高笑いするセレーネをひとしきり褒めちぎった後、サクラは他の仲間にも自らの思いを伝え理解を求めた。


『ワシは構わんよ』

『アタシも構わないわ』

『ボクはサクラと一緒なら、どこだっていいよ』

 

 これからは質素な旅になることを、ホルム、フィーネ、クライオスの三人は快諾したのだった。



     ◇◆◇◆◇

 


 道中、サクラはアルゴスとセレスティアの体格差を常に気遣っていた。セドリック団長から「歩調のズレは馬の負担になる」と教わっていた彼女は、無理をさせぬよう速度を抑え、休憩をこまめに挟むことを徹底した。

 それにもかかわらず、他の馬車よりも早く目的地に到着できたのは、精霊たちの助力があったからに他ならない。

 悪路に差し掛かれば、地の精霊ホルムが道を均(なら)し、上り坂では風の精霊フィーネが馬車を背後から風で押して、二頭の負担を軽減させたのだ。

 また、南下するにつれて暑さが増すと、クライオスが御者台から冷気を送り、二頭は快適に走ることができたのである。

 

 王都を出発して八日目。サクラたちが予定通り国境へ辿り着くと、出国の検問待ちで長蛇の列ができていた。

 今回はブラックカードを使わないので、サクラが馬車を列の最後尾へつけると、一人の門兵が駆け寄って声をかけた。

 

「サクラ様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 彼は検問のない専用の通路へと馬車を誘導した。


「あの、門兵さん。どうしてわたしのことを知っているの?」

「サクラ様がこちらを通られる際は丁重にお迎えせよと、陛下より厳命が届いております。それと、馬車に刻まれた王家の紋章を見て、すぐに分かりました」


 普通の行商人として出国するつもりだったので、ただでさえ目立つ豪華な馬車に王族の紋章まで入っていたことを、サクラはすっかり失念していたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。