第85話:スクラップの山に眠る、哀しき鉄錆の巨獣
工房の裏手、スチーム・シティの巨大な排気ダクトの真下に広がるのは、見渡す限り何キロメートルにも及ぶ【機械の墓場】であった。
かつて栄華を極めた時代に造られた蒸気機関車の残骸、砕け散った巨大な真鍮歯車の山、オイルまみれで折れ曲がったピストンロッドが、砂嵐の中に打ち捨てられ、赤茶けた錆の山脈を形成している。
風が吹くたびに、キィキィ、カラカラと乾いた鉄の鳴き声が谷間に響き、まるで命を落とした機械たちの無念の溜め息のように聞こえていた。
「足元に気をつけてくださいまし。尖った鉄屑や、漏れ出た古いバッテリー液の溜まり場があちこちにありますわ」
エレナが神聖光のランタンを掲げ、足元を照らしながら注意を促す。
道中、砂塵をかき分けて進む彼らの前を、カサカサと耳障りな音を立てて徘徊するメガ・バロン重工の自動解体ドローン――蜘蛛のような四脚歩行機械が横切った。
まだ息のある機械を見つけてはバーナーで切り刻み、真鍮やレアメタルだけを回収して都市上層へ運ぶ非情な清掃機である。
「あいつら、父の形見の作業機械も……全部奪っていったんです」
コレットが唇を噛みしめる。アッシュは無言でドローンの死角を縫いながら、谷の最深部へと足を進めた。
コレットが立ち止まり、谷底の奥を指差しながら、かつて父から聞かされた古い伝承を静かに語った。
「父が言っていました。数百年前にこの星から水が消え去った時……首都の中央にあった最後のオアシスを、自らの命を削って最後まで守り抜こうとした『守護機獣』がいたそうです。でも、当時のメガ・バロン重工の祖先たちが、オアシスの水を自分たちだけで独占しようとして、守護機獣の冷却ラインに粗悪な重油と泥を無理やり流し込んだんです……。その結果、全身の配管がスラッジで詰まって熱暴走を起こし、動けなくなった機獣は、こうしてスクラップとしてこの谷底に捨てられたんだって……」
「どこまで行っても、利権に狂った連中のやることは同じだな。命の源である水で弱者を縛り、逆らう者を壊して捨てる。許せねえな」
アッシュが苦々しく呟く。
巨大な機関車のボイラーの残骸を回り込んだその時、アッシュたちの視界に飛び込んできたのは――異様なまでの威厳と哀愁を漂わせる、巨大な黒い巨影であった。
「な、なんじゃこりゃあ……!? デカい……! それに、こいつは……!」
ガンツが思わず息を呑み、愛用の鍛冶ハンマーを握り直した。
砂と鉄屑の山に半ば埋もれていたのは、体長三十メートルを超える、巨大な獣の姿をした機械の巨像であった。
真鍮とオリハルコン、そして未知の白銀超合金を緻密に組み合わせて造られた、九本の尾を持つ優美なる狐の姿。
その胸元の装甲プレートには、風化した古代文字で『多次元水利環境統御ユニット・第七号』という刻印が刻まれていた。
その造形は、単なる兵器や工業機械などでは断じてない。かつての超古代機械文明が、自然と水利への祈りと技術の極致として組み上げた【機械の神像】そのものであった。
だが――その神々しいはずの機体は、今や見る影もなく無残に傷つき果てていた。
全身の関節ギアには、黒く粘りつくタール状の重油スラッジと砂塵がコンクリートのように固着して焼き付き、美しいはずの外装プレートは赤錆でボロボロに剥がれ落ちている。
九本の巨大な尻尾は力なく砂地に投げ出され、胸元の魔導炉心からは、壊れかけのオルゴールのような悲鳴じみた金属軋み音が、微弱に響いていた。
ギィ……ギギギィ……。ガタガタッ……。
「生きてる……! いえ、まだ炉心が自律稼働を続けていますわ!」
エレナが魔導スキャナーをかざして叫んだ。
「太古の超高度機械文明が遺した自律稼働型守護機獣よ! でも……体内のオイル配管が重油ヘドロで完全に閉塞して、冷却水も循環液もゼロ……! 全身の数万個のギアが熱膨張で癒着して、身動き一つ取れずに、何百年もこの灼熱の砂の中で苦しみ続けているんだわ!」
「くぅ〜ん……」
天狼コハクが巨獣の巨大な前足に歩み寄り、同胞を気遣うように悲しげに鼻先を寄せた。
ケルベロス・クロの三つの頭も揃ってシュンと耳を伏せ、優しくその錆びた金属の足をペロペロと舐める。
海竜サファイアが冷たい神聖水滴を巨獣の額に落としてやり、不死鳥ルビーが哀しげに一声鳴き、紫電鹿ライカが紫電の蹄を休めて見つめた。
その時――巨獣の頭部、砂に埋もれた白銀の仮面のような瞳のスリットに、微かに、本当に微かに、青いランプがチカッと点滅した。
『……ギ……ガガ……。ニンゲン……。ワレヲ……カタイ……テツクズトシテ……ウリサバクノカ……』
外部スピーカーから漏れ出たのは、ノイズに塗れ、途切れ途切れの、幼い子供のような悲痛な声であった。
『クルシイ……アツイ……。オオアシスハ……スベテ……カレタ……。ワレハ……ダレモ……マモレナカッタ……。モウ……コロシテクレ……』
数百年もの間、砂漠化が進む世界で最後までオアシスを守ろうと戦い、水が尽きて力尽き、人々から裏切られてスクラップとして打ち捨てられた守護神。
その胸の内に渦巻く深い孤独と絶望が、スピーカーのノイズ越しに痛いほど伝わってきた。
「誰も守れなかった、なんて言うなよ」
アッシュは砂山を駆け上がり、巨獣の巨大な鼻先へと歩み寄った。
そして、作業グローブを脱ぎ、生身の温かい手のひらを、赤熱して錆びついた金属の装甲へと優しく押し当てた。
「お前は立派に、最後まで自分の持ち場を守り抜いたんだ。……よくここまで一人で耐えてきたな」
『……ア……ナタ……ハ……?』
「通りすがりの配管工だ。……おい、相棒。全身にこびりついたその汚ねえ油と錆、今すぐ綺麗サッパリ洗い流してやるからな!」




