第84話:【タイムリミット72時間】超巨大蒸気炉の熱暴走危機!
コレットの案内で、アッシュたちは都市の地下深くに隠されたレジスタンスの秘密工房へと身を潜めた。
かつて蒸気技師たちの組合本部だったというその工房は、古びた真鍮の旋盤や歯車チェンジャーが所狭しと並び、油の匂いの中に、かすかな仲間たちの温もりが漂っていた。
天井からは無数の銅製パイプが血管のように張り巡らされ、壁には、コレットの亡き父エジソンが描いたという、詳細な都市の配管図面や、手書きの蒸気機関設計図が何枚も貼られている。
どの図面にも、市民に澄んだ水を届けようと腐心した職人の丁寧な筆跡と、計算し尽くされた流体工学のメモが残されていた。
「父は……ずっとこの街の水道を取り戻そうとしていました。メガ・バロン重工が独占する前の、誰もがタダで美味しい水を飲めた時代を……。でも、奴らの私兵に追われ、工房を焼き討ちにされて、志半ばで力尽きて……」
コレットが作業台の図面を愛おしそうに撫でる。その真鍮の指先が、微かに震えていた。
「安心しろコレット。親父さんの夢は、俺たちが必ず形にしてやる。配管工が現場に図面を遺したなら、それを完成させるのが後を継ぐ職人の義務だ」
アッシュの静かで力強い言葉に、コレットは涙をぬぐって力強く頷いた。
工房の中央に設置された大型作業テーブルの上で、コレットが起動させた魔導プロジェクターから、青白い都市立体ホログラムが空間に浮かび上がった。
その最深部――都市の中央構造物を貫くようにそびえ立つ、高さ千メートルを超える超巨大な鉄の巨塔を指差しながら、コレットが重苦しい口調で切り出した。
「これが、スチーム・シティの全エネルギーを一手に担う心臓部……超巨大蒸気動力炉『ギガ・ボイラー』です」
ホログラムに映し出されたボイラーは、見る者を圧倒する威容を誇っていた。
都市の地下五千メートルに広がる超高熱マグマ脈の熱エネルギーを直接吸い上げ、何万本もの極太蒸気配管を通じて、都市の照明、工場、防壁、そして市民たちの生命維持装置へと動力を送り届ける超エネルギー中枢。
この機械世界そのものを生かしている巨大な心臓だ。
だが――そのボイラーの炉心コアを取り囲む【冷却水ジャケット】のホログラムが、不吉極まりない真っ赤な点滅を繰り返していた。
「アッシュ、遠隔スキャンの詳細解析データが出ましたわ!」
エレナが魔導オシロスコープをコンソールに接続し、青ざめた表情で報告した。
「炉心を包む冷却水の総貯水量が……すでに総容量の【二・八パーセント】を切っています! 熱交換パイプの内部温度は、すでに設計限界を遥かに超えて摂氏千八百度を突破……! 炉心を支えるオリハルコン・チタン複合隔壁が、自重と超高熱でドロドロに座屈を始めていますわ!」
「残存タイムリミットはどれくらいだ?」
「……あと【七十一時間十五分】! このペースで冷却水が完全に蒸発して干上がれば、炉心が臨界熱暴走を起こします! その瞬間に発生するメガトン級の超高圧水蒸気爆発は……スチーム・シティどころか、この大陸の地殻そのものを真っ二つに叩き割り、何千万人もの生命が一瞬で消滅しますわ!」
「冗談じゃねえぞ……!」
ガンツが愛用の鍛冶ハンマーを取り落としそうになりながら、太い腕で頭を抱え込んだ。
「これほどの超巨大ボイラーを緊急冷却するには、毎秒最低でも十万トンの冷却純水が必要だ! しかも、ただの水じゃダメだ……街に溢れてるような泥や重油が混ざった水を注入した瞬間、パイプ内で急激な沸騰蒸気爆発が起きて、その場で全土が吹き飛ぶぜ!」
「はい……。だから、メガ・バロン重工も、ボイラーの冷却を完全に諦めたんです」
コレットが真鍮の義手をギリギリと軋ませ、悔し涙を滲ませた。
「さっき街の軍事通信を傍受したんですけど……CEOグレゴリーは、すでに都市の最上層カタパルトに建造した超巨大次元脱出艇『メガ・アーク号』に、自分たち重役と、市民から奪い取った金銀財宝をすべて積み込み終えています。爆発の直前に、自分たちだけ別の次元へ逃げ出す気なんです! 何千万人もの市民を、ただの捨て駒にして……!」
「どこまでも腐りきった野郎だな」
アッシュの瞳に、静かな、だが絶対に消えない憤怒の炎が灯った。
自分たちだけ安全な場所へ逃げ、現場で苦しむ人々にツケを押し付ける無能な権力者。
かつて帝都で自分を追放したバルトロメオや、天界のネプチューン、冥界のラダマンテュスと全く同じ腐りきった魂の構造。
「逃がすわけがないだろ、そんな奴を。……よし、作戦は決まった」
「アッシュさん……?」
コレットがおずおずと顔を上げる。
アッシュは作業着の胸ポケットから工業用チョークを取り出すと、テーブルの鉄板にササッと流体系統図を書き殴った。
「第一に、世界樹から引っ張ってきたワームホール送水幹線を、都市の第一冷却ループへ接続する。だが、次元を超えた超長距離配管だ。これ一本じゃ毎秒十万トンの流量には届かない。……だから第二に、この砂漠の地下深くにある【本物の水脈】を掘り当てる」
「えっ……!? でも、この星の地下水脈は、数百年前に完全に枯渇したはずじゃ……!」
「地表から数千メートルの浅い水脈はな。だが、星が生きている限り、もっと深い場所――プレートとマントルの境界には、必ず超高圧で封じられた『超深層水脈』が眠っているはずだ。惑星が完全に死んでいない証拠に、ギガ・ボイラーのマグマは今も熱を帯びている」
「地下数万メートルの超深層水脈……!? そんなの、どうやって探すんですか!? この街の探査レーダーじゃ、地下三千メートルが限界です!」
「探すなら、あいつに頼めば一発だ」
アッシュは工房の奥――都市の廃棄場へと続く分厚い鉄扉を指差した。
「コレット、さっき言ってたな。廃棄場に『何百年も動かなくなった大きな機械の塊』が眠ってるって。太古の守護機獣なら、星の地殻構造と直結したソナーを持っているはずだ。……案内しろ。まずはそいつを叩き起こして、味方にするぞ!」




