第82話:次元間ワームホール送水管、敷設開始!
「アッシュ殿……」
「アッシュ……!」
ガンツとエレナが、息を呑んでアッシュの横顔を見つめた。
アッシュの表情には、何の迷いもなかった。
ただ、静かに、そして青い炎のように熱い職人の誇りがその瞳に宿っていた。
かつて帝都の最下層スラムで、濁った泥水をすすりながら配管修理をしていた少年時代。
水がないことの苦しみ、水利権を盾にして弱者を搾取する悪辣な権力者への憤りを、アッシュは誰よりも骨の髄まで知っている。
「人が水を飲めずに苦しんでて、配管が詰まって爆発しそうになってる。……そんな現場を目の前にして、背中を向ける配管工がどこにいる?」
「旦那……!」
「アッシュ、行きますのね!」
エレナがパッと顔を輝かせた。
アッシュはコレットの前にしゃがみ込むと、その油と煤で汚れた小さな手を、革グローブ越しに力強く握りしめた。
「顔を上げろ、コレット。お前の届けた遭難信号、俺たちが確かに受け取ったぞ」
「アッシュ……さん……っ!」
「安心しろ。どんなに離れた異世界だろうが、水道管が繋がらない場所なんてこの宇宙に存在しない。……お前の街のボイラーの熱暴走、俺が全部冷ましてやる!」
アッシュの力強い宣言に、周囲の五大神獣たちが呼応するように咆哮を上げた!
黄金の神狼コハクが「ワオオオオオオオオンッ!」と天を仰いで大地を揺るがし、不死鳥ルビーが嬉しそうにパチパチと金色の火花を散らして羽ばたいた。
海竜サファイアが露天風呂から青く透き通る水柱を立ち上げ、紫電鹿ライカが紫電をバチバチと翼に纏わせて鋭い眼光を光らせる。
そしてケルベロスのクロの三つの頭が「「「わふんっ! わふんっ! わふんっ!」」」と揃って元気いっぱいに吠え、コレットの足元に駆け寄ってふわふわの黒毛をすり寄せた。
「ひゃああっ!? お、大きなワンちゃん……!? あ、頭が三つもある……!?」
「くぅ〜ん」と三つの頭で甘えるクロに、コレットはおっかなびっくり手を伸ばし、その温かい毛並みを撫でて目を見張った。
「あ……温かい……。機械じゃない、生きてる動物なんて、図鑑でしか見たことなかった……」
「よし、全員持ち場につけ! 異世界救援オペレーションを開始する!」
アッシュの号令とともに、世界樹の現場が爆速で動き出した!
「ガンツ、世界樹の親元栓から次元根のバイパスバルブを開放しろ! コレットの乗ってきた船の時空座標をトレースして、次元の裂け目をオリハルコン製ゲートで固定するぞ!」
「合点承知だ旦那! 時空固定アンカー、射出準備完了だぜぇぇっ!!」
ガンツが巨大な魔導ウィンチを操作し、四本の巨大なオリハルコン製杭を、空間の裂け目の四隅へと撃ち込んだ!
バシュウウウウウッ! ドガガガガガアンッ!
不安定に紫色のノイズを撒き散らしながら揺らめいていた次元の亀裂が、青白い幾何学魔法陣によってガッチリと固定され、安定した【次元トンネル(ワームホール)】として開口する!
「エレナ、神聖水の圧送ラインと、救援物資のパッキングを頼む!」
「任せてくださいまし! 高純度神聖水タンク十万トン、脱水治療用の特製電解質ハーブシロップ、高栄養の携行レーション、すべて大型コンテナに積載完了ですわ!」
エレナが手際よく魔導コンテナを輸送艇へと積み込んでいく。
そして――アッシュが呼び出したのは、ガンツが第1部の激闘の合間に秘密裏に試作していた、最新鋭の多次元高速探査潜航艇【アクア・エクスプレス】であった!
オリハルコンと古代ヒノキの積層装甲で組み上げられた流線型の重厚な船体。
船尾には世界樹の神聖水力ジェット推進器が低く唸りを上げ、船首にはいかなる次元断層をも切り裂くダイヤモンド・ウォーターカッターが鋭く輝いている。
さらに、船体の後部には超巨大な回転ドラムが設置されていた。
そこからは――直径二メートルの極太耐圧オリハルコン配管【次元間ワームホール送水幹線】が、世界樹の親元栓から直接リールで繰り出される設計となっていた!
配管の内壁には、アッシュの固有スキル『摩擦ゼロ神聖コーティング』が施され、どれほど超長距離の送水であっても水頭損失や圧力低下が一切発生しない、奇跡の超電導流体パイプラインである!
「三界の蛇口から、異世界へ直通の水道管を引っ張っていく。……これさえ繋がれば、どれだけ水が枯渇した砂漠だろうが、無限に澄んだ水を送り込める!」
「す、すごい……! 次元を超えて水道管を引っ張るなんて、そんな発想、我が世界のいかなる天才科学者も思いつきませんでした……! パイプラインの内壁に魔法の摩擦ゼロ処理まで……これなら流体抵抗が理論上ゼロになる……神業です!」
コレットが蒸気技師としての本能を刺激され、驚きと興奮で真鍮の指をカタカタと鳴らしながら見つめている。
アッシュは操縦席に飛び乗り、メインレバーを力強く握りしめた。
コハクがアッシュの足元に伏せ、ルビーとサファイア、ライカが天井の魔導クレードルに収まり、クロがコレットの横に座って守るように尻尾を振る。
「コレット、お前の街へ案内しろ。……タイムリミットは七十二時間。一分一秒も無駄にはできないぞ!」
「はいっっ! スチーム・シティの座標、ナビゲーションシステムに入力完了しました!」
「アクア・エクスプレス、全推進器点火! 送水幹線ドラム、連動展開モード! 次元ワームホールへ突入する――発進!!!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
青白いサファイアの噴射炎と清冽な水蒸気を撒き散らしながら、アクア・エクスプレスは次元の裂け目へと突入していった!
時空の狭間を突き進む船体の後方からは、銀色に輝く極太のオリハルコンパイプが、シュルシュルと滑らかに繰り出されていく。
背後に無限の神聖水を運ぶ命のパイプラインを曳きながら、渇きと熱暴走に怯える未知の機械世界『ギア・アルカディア』へと、奇跡の配管工部隊が颯爽と飛び立っていったのであった!




