第8話:「あいつを連れ戻せ!」〜宮廷魔術師団、水魔法で全員過労卒倒〜
その頃――帝都アルカディア皇宮・大謁見の間。
「オエッ……! な、なんという臭気だ……! 誰か、換気をせぬか!」
黄金の玉座に座る帝国皇帝アレクサンダー三世は、青ざめた顔で鼻に絹の布を押し当てていた。
皇宮の大理石の床には、あちこちに汚泥の染みがこびりつき、宮廷全体に饐えた下水の悪臭が充満している。
皇帝の足元には、全身包帯まみれのバルトロメオ伯爵と、プライドをズタズタにされた勇者レオンが平伏していた。
「バルトロメオ! 貴様の報告では『無能なドブ掃除を処分し、水利予算を大幅に削減した』はずではなかったのか!? なぜ余が朝一番に口にした茶が、泥の味がしたのだ!?」
「ひ、ヒィィィッ! め、滅相もございません陛下! あれは、古代の配管が突発的な魔力暴走を起こしただけでございまして……!」
「黙れッ!!」
皇帝が玉座の肘掛けを激しく叩きつけた。
「我が帝国の象徴たる百万都市が、たった一日で汚水の吹き溜まりと化しておるのだぞ! すでに下層区では汚水を口にした平民数百名が赤痢と魔毒病を発症し、貴族街ですら水不足で暴動寸前だ! 余の愛馬すら、泥水を拒絶して脱水症状で倒れたのだぞ!」
玉座の間の貴族たちからも、非難の視線が突き刺さる。
どの貴族も、二日間風呂に入れていないため髪はボサボサ、肌はテカテカに脂ぎり、高価な衣装からはツンとした汗とドブの匂いが漂っていた。
そこへ、青白い顔をした近衛兵が息を切らして駆け込んできた。
「ほ、報告いたします! 帝都外郭水源の確保に向かった宮廷魔術師団第二陣、全滅いたしました!」
「な、なんだと!?」
「近隣の河川から水を引こうと試みましたが、上流の魔導鉱山からの廃水がアッシュ殿の浄化なしに直接流れ込んだため、川全体がドス黒い強酸の毒水と化しておりました! 接触した魔術師たちの杖が溶け落ち、退却を余儀なくされました!」
「おのれ……! では、帝都の水を元に戻す手段は本当にないというのか!?」
皇帝の絶叫に、バルトロメオは震える声で絞り出した。
「あ、アッシュです……! アッシュ・ウォーカーを探し出し、あの男が持ち去った『浄化の大栓』を再び地下水槽に叩き込ませるしか……道はございません……!」
「ならばなぜ即座に動かんのだ愚か者めが!!」
皇帝の怒号が宮殿を揺るがした。
「全軍に布告せよ! アッシュ・ウォーカーの足取りを追え! レオン、貴様が直接部隊を率いて連れ戻してまいれ! もし連れ戻せねば、貴様の勇者の称号を剥奪し、バルトロメオともども極刑に処す!!」
「は、ははぁぁぁぁっ……!」
レオンとバルトロメオは、床に額を激突させて平伏した。
謁見の間を出たレオンは、屈辱と怒りで顔を真っ赤に染め上げ、腰の聖剣をガタガタと震わせていた。
「くそっ……! あの薄汚いドブネズミめ……! 僕を、英雄たるこの僕をここまでコケにしやがって……!」
「レ、レオン殿……! 足取りは掴めているのですか!?」
「東だ! 帝都東門の衛兵の証言で、背嚢を背負った作業着の男が『死の荒野』へ向かったという目撃情報がある! あんな草木も生えぬ不毛の地、飢えと渇きで野垂れ死に寸前に決まっている!」
レオンは醜悪な笑みを浮かべ、拳を握りしめた。
「水も食糧も尽きて泣き叫んでいるところに、僕が助けの手を差し伸べてやるのさ。『帝国に戻って死ぬまで地下でドブを掃除するなら、パンの耳を恵んでやる』とな! 首に鎖を巻いて引きずり戻してやるよ!!」




