第7話:マグマの熱と神聖水で【極上美肌炭酸温泉】を開通させる〜星空の露天風呂と至福の湯上がり〜
「わふっ! わふぅん!」
昼食を終えて一息ついた午後、すっかり元気を取り戻したコハクが、アッシュの作業着の裾をキュッと咥えて引っ張ってきた。
何かを見せたいのか、荒野の奥――切り立った赤褐色の断崖絶壁の方角を向いて、尻尾をパタパタと振っている。
「どうしたコハク? あっちに何かあるのか?」
「くぅ〜ん!」
コハクは白銀の軽やかな足取りで駆け出し、何度も振り返ってはアッシュを先導した。
岩肌の裂け目を通り抜け、崖の麓へと進むにつれ、空気の温度が急速に上昇していくのが肌で感じられた。
立ち込める白い蒸気。鼻をつく強い硫黄の刺激臭。
「……なるほど、地熱帯か。地下深くをマグマ脈が通っているんだな」
崖の裂け目からは、ボコボコと灰色の泥混じりの熱湯が間欠泉のように噴き出していた。
だが、その熱湯は高濃度の強酸と有毒な火山ガスを含んでおり、並の人間が触れれば皮膚が溶け落ちる劇薬のような熱泥水だ。
「わふ……」
コハクが鼻に皺を寄せてクシュンとくしゃみをした。動物の本能で危険だと理解しているのだろう。
だが、アッシュの職人としての瞳が、カッと爛々と輝いた。
「綺麗な水と、無尽蔵の熱源……。これがあれば、アレができるじゃないか」
十年間、地下牢で泥まみれになり、冷え切った冷水で身体を拭くことしか許されなかったアッシュにとって、それは長年の悲願であった。
「――温泉だ」
アッシュは腕まくりをすると、地熱の吹き出し口と、先ほど開通させた神聖水の水脈が交差する岩盤の上へと歩み出た。
そして、両手を広げて深く魔力を練り上げる。
「――《真理の濾過・多重分離調律》!」
蒼穹の光が、荒れ狂う火山熱泥を包み込む。
アッシュの頭脳の中で、分子レベルの精密な選別作業が猛スピードで実行されていく。
人体に有害な硫黄ガス、ヒ素、鉛、強酸性物質――これらを《濾過》して岩盤の深層へと完全隔離。
一方で、肌の古い角質を溶かし血行を劇的に促進する『天然メタケイ酸』と『炭酸ガス』、疲労回復を促す微量ミネラル成分だけを極上の黄金比率で抽出する。
そこへ、山頂から引き込んだ氷のように冷たい【神聖水】を絶妙な湯加減――摂氏四十一・五度になるよう自動調律して合流させた。
ズドドドドドドッ……!!
岩肌が滑らかに削れ、直径十メートルほどの見事な天然岩風呂が形成されていく。
底には、角の取れたすべすべの滑り止め小石が敷き詰められ、浴槽の縁からはトポトポと心地よい音を立てて、乳白色に微かに輝く極上の湯が注ぎ込まれ始めた。
立ち上る湯気は、まるで最高級のアロマオイルのように清涼で甘やかな香りを漂わせている。
「……完璧だ。【奇跡の美肌炭酸温泉】、完成」
アッシュは作業着を脱ぎ捨て、タオルを一本持って岩風呂の階段をゆっくりと降りた。
足先が湯に触れた瞬間、あまりの心地よさに全身の毛穴が開く。
「……っあぁぁぁぁ……っ!」
肩までどっぷりと湯に浸かった瞬間、魂が抜けるような声が漏れた。
プチプチと肌の上で弾ける微細な炭酸の泡。
それが全身の血行を一気に促進し、十年間地下労働で酷使し続けてきた骨の髄の軋み、筋肉の強張り、心の底に溜まっていた重圧を、すべて湯の中に溶かし出していく。
「ふにゃぁぁ……」
コハクも恐る恐る浅瀬に前足を踏み入れると、その温かさに目を丸くし、そのままアッシュの膝の上へとチャポンとお腹まで浸かってきた。
白銀のモフモフが湯に浮き、気持ちよさそうに目を細めて「くふぅ……」と蕩けたような声を上げている。
気がつけば、荒野の空は満天の星空へと移り変わっていた。
頭上を覆い尽くす銀河の輝き。
冷たい夜風が火照った顔を撫で、首から下は極楽の温もりに包まれている。
「ぷはぁっ……! 生き返る……!」
アッシュは岩風呂の縁に置いた竹筒から、氷水でキリッと冷やしておいた【神聖水】を一気に喉へと流し込んだ。
火照った喉を駆け抜ける冷涼な甘露。
胃袋から全身へと染み渡る快感に、思わず空を見上げて笑いが込み上げてくる。
「最高だ……。帝都の連中が泥水に溺れて喚いている間、俺はこんな極楽を独り占めか。……職人をクビにしてくれて、本当にありがとうよ」
アッシュはコハクの頭を優しく撫でながら、何年ぶりかも思い出せないほどの深い幸福感の中で、星空を眺め続けた。




