第72話:冥妃ペルセポネ、極上美肌泥パックで美少女若返り!
男たちや死者たちが大浴場で白目を剥いて昇天していた頃。
ハデス宮殿の奥庭、女性専用に隔離された【癒しのローズクォーツ露天風呂】では、もう一つの美の革命が巻き起こっていた。
「あぁぁ……温かい……! でも、わたくしの肌は……乾燥と冷気で、もうボロボロですの……」
湯船の縁で、しょんぼりと俯いていたのは――春と豊穣を司る冥府の女王、冥妃ペルセポネであった。
神話では類まれなる美貌を讃えられた女神。しかし、太陽の光が届かず、死毒ガスが吹き荒れる冥界に長年暮らしていたせいで、その肌は水分を完全に失ってカサつき、豊かな黒髪は艶を失ってパサついていた。
庭園の花壇に植えた花々も、泥水と悪臭でことごとく枯れ果て、ペルセポネの心を深く傷つけていたのだ。
「ペルセポネ様、諦めるのはまだ早いですわ! 女性のお肌は、正しいお手入れと極上の水があれば、いつだって満開の花のように蘇ります!」
湯浴み着姿のエレナが、両手に漆塗りの木桶を抱えて現れた。
「エレナ様……? そ、その木桶に入っている白いものは……?」
「ふふ、これこそアッシュが三途の川の浚渫残渣から精製した、奇跡の【神聖冥界白泥パック】ですわ!」
エレナが木桶の蓋を開けると、中から現れたのは、雪のように純白で、ホイップクリームのように滑らかに泡立つ極上の泥ペーストであった。
アッシュの《真理の濾過》によって、川底のヘドロから猛毒と重金属を分子レベルで百パーセント除去し、超微細な多孔質ケイ素ミネラルと神聖エーテルだけを極限まで濃縮抽出した、天然の超高級コスメである。
「さあ、お顔とデコルテ、そして髪の毛の先まで、たっぷりと塗り込んでみてください!」
「は、はいっ……!」
ペルセポネが恐る恐る白泥を頬に伸ばした瞬間。
ひんやりとした心地よい感触とともに、泥の超微細粒子が、毛穴の奥深くに詰まっていた数千年分の老廃物を、磁石のように吸着していくのが分かった。
そして十分後――露天風呂の神聖炭酸水で、泥パックを優しく洗い流した、その瞬間。
「…………っっっっっっっっっっっっっ!!!!」
脱衣場の特大姿見の前に立ったペルセポネの口から、割れんばかりの歓喜の絶叫が上がった。
「う……嘘でしょう……!? これが……これが、わたくし……!?」
鏡の中に映っていたのは、くすみを完全に脱ぎ捨て、内側から発光するような真珠色の透明感を放つ、十代の少女のようにピチピチの美肌を取り戻した自分自身の姿であった!
頬を指先で突けば、プルンッと驚異的な弾力で跳ね返り、パサついていた黒髪は、星空を溶かし込んだような濡れ羽色の艶を取り戻している。
「さらに、ペルセポネ様! こちらをご覧ください!」
エレナが中庭の花壇へ向けて、神聖水のじょうろでシャワーを降らせた。
すると――茶褐色に枯れ果てていた土壌から、緑の若芽が猛烈な勢いで吹き上がり!
わずか十数秒の間に、伝説の霊花【冥府月光百合】が、何千輪と一斉に咲き乱れたのだ!
パァァァァァァッ……!
白銀に輝く大輪の花弁から、甘美で清純な芳香が中庭いっぱいに立ち込める。
ペルセポネは百合の花を抱きしめ、涙をボロボロとこぼしながらエレナの手を固く握りしめた。
「す……素晴らしいわ……! 春の地上にいた頃よりも……何百倍も美しい花が咲き、わたくしのお肌も生まれ変わりましたわぁぁっ!!」
そして、湯上がりの脱衣場テラスに、男湯から上がってきたアッシュとハデスたちが合流した。
アッシュの手には、氷水でキンキンに冷やされたガラス瓶が人数分握られている。
「風呂上がりと言えば、やっぱりこれだろ」
「アッシュ殿、これは……?」
不思議そうに小首を傾げるハデスとペルセポネに、アッシュは瓶を一本ずつ手渡した。
世界樹の恵みを受けた地上の聖牛から絞った新鮮な生乳に、神聖水のミネラルをブレンドした【特製・神聖冷製牛乳】と、果汁たっぷりの【フルーツオレ】である。
「腰に手を当てて、一気に喉へ流し込むんだ。いくぞ」
アッシュの掛け声に合わせて、ハデスもペルセポネもタナトスも、左手を腰に当て、瓶を傾けてゴクゴクゴクッ!と喉を鳴らした。
「「「ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」」」
冷たい濃厚なミルクの甘みとコクが、火照った喉を心地よく潤していく。
ハデスは瓶を見つめ、満面の笑みで叫んだ。
「美味い……! 五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことか! アッシュ殿、余は今、生まれて初めて真の幸福というものを知ったぞ!!」
美と温泉の共有によって、冥界の最高権力者夫婦の心と胃袋は、アッシュとエレナによって完全に、そして完璧に掌握されたのであった。




