第68話:冥府の法廷の傲慢神ラダマンテュス〜「下界のドブ掃除を投獄せよ!」〜
ステュクス川の劇的な通水再開に、数百万の死者たちと死神タナトスが涙を流して歓喜に沸き立っていた、まさにその時であった。
対岸の黒曜石の舗装道路から、ガタガタと地響きを立てて、耳障りな黄金の車輪の回転音が響き渡ってきた。
「ええい、騒々しい! 誰の許可を得て、この神聖なる死者の川で不法工作を行っておるかぁぁっ!!」
紫の炎を鼻息から噴き出す四頭の漆黒の魔導馬に引かせた、豪奢極まりない黄金の馬車。
その天蓋から降り立ってきたのは――冥府の最高裁判所を統括する第一裁判官神、ラダマンテュスであった。
金糸と宝石で派手に刺繍された黒天鵞絨の豪奢な法服に身を包み、右手には死者の罪を一方的に測るという『黄金の裁きの天秤』を握りしめている。
その顔には、自ら以外のすべての生命を見下し切った、特権官僚神特有の傲慢な冷笑が張り付いていた。
「ラ、ラダマンテュス様……!」
美少女死神タナトスが顔色を変えて後ずさった。
ラダマンテュスは現場の澄み切ったクリスタルの川面を一瞥すると、不愉快そうに眉をひそめ、フンと鼻を鳴らした。
「タナトス! 貴様、自分の立場を弁えているのか!? 魂の引導役風情が、持ち場を放棄して下界の泥すすりの人間などと何を遊んでおるか! 規律違反で俸給を五百年分差し押さえるぞ!」
「そ、そんな……! 私は川が詰まって死者たちが暴動寸前だったのを――」
「言い訳など聞かん! ……おい、そこにいる薄汚い作業着の小僧!」
ラダマンテュスは黄金の天秤の鋭利な先端を、レンチを手にしたアッシュの鼻先へと突きつけた。
「貴様が、この無許可の浚渫設備を設置した首謀者だな! 冥府管理規程第七条・公共水域不法占拠罪、ならびに神聖霊水改変罪により、貴様を現行犯逮捕する! 今すぐその首に重力鎖を巻き、絶対零度の極寒地獄【無間氷結地獄】へ百年間投獄せよ!」
「なっ……!? ラダマンテュス様、それはあまりに理不尽ですわ!」
エレナが凛とした気迫を放ち、アッシュの前に立ちはだかった。
「アッシュがいなければ、三途の川はヘドロで完全に閉塞し、死者の魂が悪霊化して冥府そのものが大崩壊していたはずです! 冥府を救った恩人に対して感謝するどころか投獄など、神としての理性を疑いますわ!」
「黙れ、下界の小娘が!」
ラダマンテュスは激昂し、黄金の天秤を乱暴に振り回した。
「結果などどうでもよいのだ! 我ら最高裁判官神の決裁印のないインフラ整備は、すべて重罪である! 法とは我らのためにあるのだ! 下賤な人間が神々の領域に土足で踏み入ること自体が死罪に値するのだ! ……だが、まあ」
ラダマンテュスはねっとりとした視線で、アッシュの背後にあるオリハルコン製浚渫機械を見回すと、下劣な強欲の光を目に宿らせて唇を歪めた。
「貴様が命惜しさに、そのオリハルコン製の浚渫機械一式と、特許権、ならびに川の通行料徴収権を、すべて我が裁判所に無償譲渡するというのであれば……恩赦を与えて、下界へ追放してやらんでもないぞ? ありがたく思え」
かつて地上でアッシュを追放した勇者バルトロメオや大司教マクシミリアン、そして天界のネプチューンと寸分違わぬ、腐敗した権力者の横領の論理。
カロンが怒りに髭を震わせ、死者たちからも「ふざけるな!」「泥棒神!」と憤りのざわめきが広がる。
だが――アッシュは苛立つ様子もなく、安全靴の底についた泥をコンコンと軽く落とすと、冷淡な眼差しでラダマンテュスを見据えた。
「規則、規則ってうるさい奴だな。……なぁ、お前。自分の裁判所がどんな重大な【インフラ基準違反】を犯してるか、知ってて威張ってるのか?」
「な……何だと……!? 我が法廷が規則違反だと!? 無礼な口を利くな、証拠もないくせに!」
「証拠なら、お前らが川底に垂れ流した配管の中に、山ほど詰まってるよ」
アッシュの冷徹な一言に、ラダマンテュスの傲慢な表情がピクリと引きつった。




