第63話:冥界行き潜水エレベーター発進!〜ドワーフ技術と神聖潜航艇〜
「オラッ、ボルトを締めろ! 気密パッキンはオリハルコンと耐酸耐霊ラバーの三重シールだ! 地底一万メートルの超高圧冥界ガスに耐えうる潜航艇を仕立てるぞ!」
世界樹の最深根テラスは、ガンツ率いるドワーフ鍛冶部隊の怒号とハンマーの火花で満たされていた。
冥府への突入作戦。
未知の死毒ガスが充満し、気圧が地上の三倍に達する過酷極まりない冥界の環境へ生身で突入することは不可能である。
そこでガンツが即座に設計・建造したのが――世界樹の硬質芯材をくり抜き、超純度オリハルコンで装甲を施した特製地底昇降潜航艇【カプセル・ユグドラシル号】であった。
全長十五メートル、球形の流線型ボディ。
艇内には、アッシュの《真理の濾過》を組み込んだ【神聖空気循環装置】が備えられ、外部の猛毒ガスを遮断し、常に高純度の酸素とマイナスイオンを供給し続ける設計となっている。
「アッシュ、食糧と資材の積み込み、完了したわよ!」
作業用つなぎに着替えたエレナが、汗を拭いながら報告する。
艇内のストレージには、最果てのオアシスで収穫した神聖小麦の保存パン、桜チップの燻製肉、乾燥フルーツ、そして何千リットルもの高濃度神聖水を充填した耐圧タンクが整然と積載されていた。
「助かるよ、エレナ。長期戦になっても、美味い飯と綺麗な水さえあれば現場の士気は落ちないからな」
「ふふ、もちろんよ。アッシュのために、現場で温かい具だくさんポトフが作れるように、携帯用の魔導コンロと特製出汁も積んであるわ!」
頼もしすぎるパートナーの笑顔に、アッシュも力強く頷いた。
艇内の後部座席には、四大神獣たちが全員集合していた。
子犬姿のコハクは安全ベルトを巻かれて「わふん」とお利口に座り、不死鳥ルビーはアッシュのヘッドレストの上に留まり、ミニ海竜サファイアは水冷タンクの中でぷかぷかと泳ぎ、紫電鹿ライカは小さな紫水晶の角をパチパチさせてエレナの足元に丸くなっている。
そして、すっかり元気を取り戻した美少女死神タナトスが、大鎌を抱えてナビゲーター席に腰掛けていた。
「信じられないわ……。生きた人間が、こんなピクニックみたいな装備で冥府に乗り込んでくるなんて……」
「ピクニックじゃない、仕事だ。……よし、全員乗り込んだな? ハッチ閉鎖!」
プシューッ!と気密ハッチが密閉され、オリハルコンのロックバーがガシャリと噛み合った。
アッシュが操縦席のレバーを握る。
「カプセル・ユグドラシル、冥界へ向けて発進!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
潜航艇は世界樹の根元の大穴から、真っ逆さまに暗黒の深淵へと急降下を開始した!
速度は時速百二十キロ。
周囲の岩盤が猛烈なスピードで上方へと飛び去っていく。
深度六千メートル……八千メートル……一万メートル。
気圧計の針がグングンと上昇し、外気温度計は氷点下へと急降下していく。
そして――。
フッ……と周囲の岩肌が途切れ、潜航艇は広大な地下空洞の大気へと飛び出した。
「うわあ……! アッシュ、見て!」
エレナが強化ガラスの窓に張り付いて声を上げた。
成層圏ならぬ、冥府の天蓋の下。
頭上には、紫と漆黒の霊的オーロラが不気味に蠢き、遠くの地平線には、黒曜石でできた巨大な冥府の宮殿群が霞んで見えている。
まさに神話に語られる死者の国――天上界とは対極をなす、壮大にして冷徹なる冥府の全容であった。
だが――その雄大な景観を完全に台無しにしていたのは。
眼下を蛇行しながら流れる、幅数百メートルに及ぶ巨大な大河――霊川『ステュクス(三途の川)』であった。
「オエッ……! 窓越しでも伝わってくるぜ、あの酷え濁りっぷりは……!」
ガンツが顔をしかめた。
本来であれば、死者の魂を清らかに映し出すはずの霊川は、今や完全に流動性を失い、ドロドロと煮えたぎる黒褐色のコールタールと化していた。
川面からは紫色の毒煙が立ち上り、川岸には、川を渡れずに立ち往生した何百万もの死者の青白い霊魂が、長蛇の列を作ってぎっしりとひしめき合っている。
そして川の中央には――一隻の巨大な木造の渡し舟が、ヘドロの海にガッチリと挟まり、斜めに傾いて完全に座礁していた。
「あそこよ! あれが船頭カロンの渡し舟よ!」
タナトスが窓を指差す。
アッシュは操縦輪を押し込み、座礁現場の河原へと潜航艇を着陸させた。
「よし、現場到着だ。……工具箱を持って出動! 三途の川のドブ掃除、開始するぞ!!」




