第59話:蛇口を捻るたびに神力が湧く〜神々から毎秒チャリンチャリンと貢がれる男〜
「出たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
天上界の至る所から、神々の歓喜の絶叫が木霊した。
各神殿の黄金の蛇口から、勢いよく迸り出たのは――かつての濁った臭い水などではない。
朝露のように清らかで、ダイアモンドのように透き通った、完璧な純度を誇る【最果ての神聖純水】であった。
「う、美味い……! なんだこの水は……!? 口に含んだ瞬間、全身の細胞が歓喜に震えるようだ……!」
「畑の黄金リンゴが……一瞬で青々とした葉を茂らせ、黄金の実を鈴なりにつけ始めたぞ! 奇跡だ、サトゥルヌスの奇跡ではなく、アッシュ様の水利の奇跡だあぁぁぁっ!」
「見て、私の羽が! ボサボサだった白鳥の翼が、絹のような艶を取り戻したわ! お肌もプルプルよ!」
神々は我を忘れて水を飲み、顔を洗い、新設された温泉風呂へと飛び込んでいった。
軍神殿の浴場では、屈強な戦神たちが「ふはあぁぁぁ……!」「筋肉の奥底まで染み渡る……!」と蕩けた顔で湯船に浸かり、美神たちの宮殿からは「きゃっきゃっ」と黄色い歓声が上がっている。
だがその頃。
世界樹の基部に設置されたアッシュの出張作業小屋では、前代未聞の怪現象が発生していた。
――チリン!
――チャリン! チャリン! チリリリリリン!
「……ん? なんだこの音は?」
作業台でパイプの図面をチェックしていたアッシュが顔を上げた。
部屋の隅に設置された、頑丈なミスリル製の【神力自動引き落とし大金庫】。
天上界の全スマート・バルブと魔導リンクされたその金庫の投入口から、青白く輝く美しい結晶――【神力コイン(ディバイン・コイン)】が、まるでパチンコの大当たりのようにジャラジャラと猛烈な勢いで吐き出されていたのだ!
ジャラララララララララララッ!!
チリンチリンチリン! ガッチャン! チャリン!
「わ、わわっ!? アッシュ、金庫からコインが溢れ出しているわ!」
帳簿をつけていたエレナが、驚きに紫の瞳を丸くして立ち上がった。
金庫の計量カウンターの数字が、目にも留まらぬ超高速で跳ね上がっていく。
『現在累積神力:12,450ディバイン……38,900ディバイン……85,000ディバイン……』
「ちょ、ちょっと待て! なんでこんな勢いで増えてるんだ!?」
「天界の神々が……全神殿の神々が一斉に蛇口を捻り、温泉を浴び、散水をしているからよ! 蛇口がひねられるたびに、契約に基づき神力が自動決済され、毎秒数百枚の神力コインがアッシュの口座へ転送されているの!」
「毎秒……!?」
アッシュは思わず引きつった笑いを浮かべた。
神力コイン一枚で、地上の上級魔導師が一ヶ月修行して蓄える魔力に匹敵する。それが、毎秒何百枚と滝のように降り注いでいるのだ。
床一面に転がり落ちた神力コインの上で、子犬姿のコハクが「わふ〜ん」と気持ちよさそうに転がり、神鹿ライカがコインの山に頭を突っ込んでスリスリしている。
「ピュルルン♪」
「ピピィ!」
不死鳥ルビーが神力コインを嘴で咥えてアッシュに「はい、どーぞ」と渡してくる。
「アッシュの旦那……こいつぁ、もはや下界の経済どころの騒ぎじゃねえぞ……」
パイプの検品をしていたドワーフの棟梁ガンツが、呆然とコインの山を見つめながら口を開けた。
「神力とは、世界の法則を書き換える根源の力。天界の神々は、その力を他者に渡すことなど決してあり得なかった。それを……『極上の水と温泉の利用料』として、神々自らが喜んで、毎秒毎分、あんたに貢ぎ続けてやがる……!」
「貢いでるって言うな。適正なインフラ使用料を徴収してるだけだ」
「その額が国家予算を遥かに超越してると言ってるんだ! わずか十分で、帝国全土の年間総生産に匹敵する神聖エネルギーが旦那の元に集積してやがるぞ!」
そこへ、優雅に歩み寄ってきた女神アフロディアが、うっとりとした眼差しでアッシュの手を握りしめた。
「ふふふ……当然ですわ。命の源である水を握るお方こそが、真の世界の支配者。アッシュ様が元栓を閉めれば、天界の神々すら三日で干からびて降伏するのですから。全宇宙の神々が、アッシュ様の掌の上で踊る愛らしい子羊にすぎませんのよ」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。俺はただ、誰もが美味い水を飲めて、気持ちよく風呂に入れるように配管を整備しただけだ」
アッシュがポリポリと頬を掻くと、アフロディアはますます熱っぽい溜息を漏らした。
「ああ……! 全能の力と富を手に入れながら、どこまでも純粋に配管工としての本分を貫かれるその高潔さ……! やはりアッシュ様こそ、神々の上に君臨すべき【至高のインフラ大神】ですわ……!」
「だから神じゃないって言ってるだろ……」
さらに、通信魔導鏡から下界の通信が入った。
鏡の向こうに映し出されたのは、アレクサンダー皇帝と、今や最果てのオアシス連合に心服している帝国の重臣たちであった。
『アッシュ殿! 帝都よりご報告申し上げます! 天界からの神聖余剰エネルギーがパイプラインを逆流して下界にも還元され、帝都の全土で農作物が実り、疫病が完全に根絶されました! 民は皆、アッシュ殿の神像を建てて日夜祈りを捧げております!』
『帝都の貴族も民も、「アッシュ様に足を向けて寝られない」と日夜感謝を捧げておりますぞ!』
天界のみならず、地上全土がアッシュの水道ネットワークによって完全に統合され、空前の大繁栄を謳歌していた。
世界中の蛇口が捻られるたびに、富と信仰と感謝がアッシュの元へ集まる。
追放された元下水掃除人は、気付けば世界と天界のすべての命脈を握る、絶対無比の存在となっていたのだ。




