第57話:傲慢なる水利神ネプチューンの失脚〜「人間の作った水など飲めるか!」の末路〜
四大神獣が揃い踏みし、天上界への送水幹線が完璧に稼働し始めた、まさにその時であった。
黄金の大理石回廊の奥から、怒声とともに激しい足音が響いてきた。
「ええい、どけ! 下界のドブ掃除ごときが作った泥水など、我が天界水利委員会が認めると思うてか!!」
大理石の床を踏み鳴らし、血相を変えて現れたのは――天界水利委員会の最高責任者、水利神ネプチューンであった。
手には黄金の三叉槍を握りしめ、青い長髪を逆立てながら、アッシュとエレナの前に立ちはだかる。
「アフロディア様もバルドルも、下界の泥すすりに誑かされおって情けない! おい、そこの下水掃除人アッシュ! 貴様の敷設したこの天空パイプラインおよび魔導バルブの全特許、全管理権限を、今すぐ我が水利委員会へ無償譲渡せよ!」
「……無償譲渡?」
アッシュはレンチを回す手を止め、冷めた瞳でネプチューンを見据えた。
「そうだ! 天界を流れる水は、すべて神の所有物! 人間が神の領域でインフラを管理するなど言語道断である! 全権を我に差し出し、貴様らは下界のドブへと這って帰るがよい!」
「ネプチューン、いい加減になさい!」
アフロディアが毅然と割って入る。
「アッシュ様がいなければ、天界は今も泥まみれの断水地獄でしたのよ! ご自分の無能を棚に上げて、他者の血と汗の結晶を横取りするなど、神として恥ずかしくありませんの!?」
「黙れ、美の女神! 水の管理は我が聖域! 渡さぬというなら、この三叉槍で貴様のバルブを力づくで叩き壊し、水流を我が神殿へ直結させてくれるわ!」
ネプチューンが黄金の三叉槍を振り上げ、中央制御コンソールのスマート・バルブへと突き刺そうとした。
だが――アッシュは顔色一つ変えず、操作パネルのオリハルコン製ダイヤルを、トン、と指先で軽く弾いた。
「おいおい。急激なバルブ遮断と流路変更が、配管にどんな致命的な物理現象を引き起こすか……お前、本当に水利の神なのか?」
「何をごちゃごちゃと――」
「教えてやるよ。流体力学の基礎――【ウォーターハンマー(水撃作用)】だ」
カチリ。
アッシュが、ネプチューン神殿へと続く単独支管の元栓を、ミリ秒単位の超高速で強制遮断した。
ゴオオオオオオオオオッ!!
ドズドズドズドズドズッッッ!!!!
「な、なんじゃ!? この地鳴りは……!?」
時速百キロで管内を流れていた毎秒数十トンの超高圧水流が、突如として行き場を失い、凄まじい衝撃波となってネプチューン神殿の配管系統へと逆流していったのだ。
そして――次の瞬間。
回廊の彼方にあるネプチューン神殿の方向から、天界全体を揺るがす破滅的な大爆発音が轟き渡った!
ドガアアアアアアアアアアンッッッ!!!!
『ギョエェェェェェェェッ!? ネプチューン様の神殿の、黄金の水洗トイレが爆発しましたぁぁぁっ!!』
『特大純金ジャグジーバスも粉々に破裂! 一週間分溜まっていた神界ヘドロと汚水が、天井まで噴き上がっておりますぅぅぅっ!!』
神官たちの絶叫とともに、回廊の奥からドス黒い汚泥の津波が押し寄せてきた。
そして――運悪く、その汚泥の直撃コースのど真ん中に立っていたのは、他ならぬネプチューン自身であった。
ドッシャアアアアアアアアアッッッ!!!!
「ゴボバババババッ……!? オエェェェッ!? く、臭い! 汚い! 我が黄金の衣が、うんこ泥まみれにぃぃぃぃぃっ!?」
頭から爪先まで、濃厚な悪臭を放つ茶褐色のヘドロと汚物を浴び、ネプチューンは無残な泥人形と化した。
自慢の青髪はドブ泥で固まり、黄金の三叉槍にはトイレットペーパーの残骸が無惨に絡みついている。
「き、汚らわしい……!」「近寄らないで、汚物神!」「最低ですわ、他人のインフラを奪おうとして自分が肥溜めに落ちるなんて!」
集まってきた女神たちや神官たちから、冷酷極まりない罵声と軽蔑の視線が浴びせられる。
プライドを粉々に砕かれ、全身から耐え難い悪臭を放ちながら、ネプチューンはその場にへたり込み、泡を吹いて失禁土下座した。
「た、助けてくれぇぇ……! アッシュ様、どうか我が神殿にも、綺麗なお湯を流してくださいましぃぃぃっ……!!」
傲慢なる天界水利委員会の完全失脚。
神界におけるアッシュのインフラ絶対覇権が、ここに完璧に確立されたのであった。




