第54話:雷雲に囚われし第四の神獣〜紫電の神鹿ライカの暴走〜
雲上インフィニティ露天風呂と、ガンツ特製のヒノキサウナによって、天界の神々が至福の骨抜き状態を満喫していた、まさにその時であった。
成層圏の遥か上空、世界樹の最頂部を覆い尽くすように渦巻いていた漆黒の雷雲層から、大気を引き裂く凄まじいプラズマ放電が轟き渡った。
ドガギシャアアアアアアアンッ!!
バチバチバチバチッ!!
「ひ、ヒィィッ!? な、なんじゃこの落雷はぁぁぁっ!?」
湯上がりにエレナ特製の冷たい神聖水エールを飲んでいた太陽神アポロが、ジョッキを取り落として悲鳴を上げた。
露天風呂の湯面が激しく波打ち、敷設されたオリハルコン製パイプラインの表面を、紫色の致死性の高圧電弧(アーク放電)が蛇のように這い狂う。
「ピィィィィッ!」
「キュオオオッ!」
不死鳥ルビーが翼を逆立て、海竜サファイアが水槽の奥へと身を縮める。
そして――子犬姿のコハクが、テラスの縁まで駆け寄り、雷雲の中心を睨みつけて低く唸り声を上げた。
「グルルルルッ……!」
「コハク、何かいるのか……?」
アッシュは腰の安全帯を確かめ、双眼鏡を構えて荒れ狂う紫電の渦を見据えた。
雷雲の中心――そこにいたのは、自然現象などでは断じてなかった。
全長十メートルを超える、白銀の絹糸のような毛並みを持つ巨大な鹿。
その頭上には、目も眩むような紫水晶の巨大な角が生え、その角から数十億ボルトに達する暴走プラズマを全方位へと無差別に撒き散らしながら、苦痛に狂い叫んでいたのだ。
「オオオオオオオオオオオオオッ……!!」
悲痛な咆哮が雲海を激震させる。
その神々しくも哀切な姿を目にしたアフロディアが、顔を蒼白にして叫んだ。
「あ、あれは……太古の創世神話において、天の雷雲と大気エネルギーを守護したとされる伝説の第四神獣――【紫電の神鹿】ですわ……!」
「第四の神獣だと……!?」
アッシュが目を凝らすと、神鹿の角の根元に、ドス黒い不気味なヘドロの塊――天界の配管から逆流した『神界猛毒スケール』が、まるで寄生虫のようにガチガチにこびりついているのが見えた。
「アッシュ、大変よ!」
魔導測定器を抱えたエレナが、息を切らせて駆け寄ってきた。
「天界の汚水逆流によって、神鹿が巣食う雷雲の霊脈に高濃度のヘドロが混入したのよ! 神鹿の角は、本来大気中の余剰雷電を大地へ逃がすための『生体放電バルブ』なのに……毒スケールで放電口が完全に目詰まりを起こしているわ! 自分の生み出した超高圧電力を体外へ逃がせなくなって……自家中毒で狂い死にそうになっているのよ!」
「討伐じゃ! 直ちに神界軍の全戦力を投入し、あの狂鹿を射ち殺せ!」
逃げ込んできた水利神ネプチューンが、黄金の三叉槍を構えて喚き散らした。
「あの狂鹿の雷撃が直撃すれば、世界樹もろとも天界が消し飛ぶぞ! 殺せ! 今すぐ核を砕いて処分するのじゃ!」
「黙ってろ、三流神が」
アッシュは冷徹な一喝でネプチューンを黙らせると、工具箱から分厚い耐電圧グローブと、特製のオリハルコン製大型絶縁レンチを引っ張り出した。
「あいつは敵じゃない。配管が詰まって、漏電で苦しんでるだけの『現場の被害者』だ。……ガンツ、エレナ、アース工事の準備だ!」
「おうよ旦那! 神獣の角のスケール除去だな! 腕が鳴るぜ!」
「ええ、アッシュ! 誘導計算は任せて!」
神々が恐怖で逃げ惑う中、下界の配管工とその仲間たちは、神話の神獣を救うための空前絶後のレスキュー・オペレーションへと走り出したのであった。




