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第53話:雲上インフィニティ展望露天風呂の仮設〜作業終わりの至福の一杯〜

天空パイプラインの幹線が開通した直後、アッシュが現場の職人たちと神々のために真っ先に組み上げたもの――それは、天上界の神門テラスから雲海へとせり出すように作られた、前代未聞の【雲上インフィニティ展望露天風呂】であった。


「な……なんという絶景じゃ……! ここは本当に、我らが暮らす天界なのか……!?」


 足を踏み入れた太陽神アポロが、息を呑んで立ち尽くした。

 標高一万メートル、世界樹の太枝の先端に新設された総ヒノキ造りの大浴場。

 湯船の縁と、外側に果てしなく広がる黄金の夕暮れ雲海との境界線が完全に一体化し、湯に浸かると、まるで空の上にそのまま浮遊しているような究極の開放感を味わえる。

 湯船に滔々と注ぎ込まれているのは、地上から汲み上げたばかりの神聖水に、世界樹の葉から滴る樹液エキスをブレンドした、ほんのり琥珀色の極上炭酸温泉。


「お風呂……! わたくしの……わたくしの愛しいお風呂ですわぁぁぁっ!!」


 バサァッ!と神衣をかなぐり捨てたアフロディアが、真っ先に湯船へと飛び込んだ。


 ザブゥゥゥゥゥンッ!!


「…………っっっっっっっっっっっ!!!!」


 琥珀色の湯に肩まで浸かった瞬間、美の女神の口から、全宇宙の言語を絶するほど甘美な絶頂の溜め息が漏れた。

 湯加減は絶妙極まる摂氏四十一・八度。

 極小の炭酸バブルがプチプチと肌を包み込み、乾燥し切っていた皮膚の毛穴の奥深くへと、清純なミネラルと神聖エーテルが怒涛の勢いで染み渡っていく。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!! 肌が……肌が吸い付くように生き返りますわぁぁぁっ!!」


 アルテミスや他の女神たちも、我先にと湯船へ身を沈めた。

 隣の男湯の仕切りの向こうからは、太陽神アポロや軍神アレスたちが、手ぬぐいを頭に乗せて「ふあぁぁぁ……」と白目を剥いて脱力する声が響いてくる。

 かつて地上の人間を見下していた神々の傲慢なプライドは、アッシュの沸かした極上の湯の中に、跡形もなく溶けて消え去っていた。


「ぷはぁっ……! やっぱり、苦労して引いたパイプの先で入る一番風呂は、宇宙一の極上だな」


 浴槽の端で、アッシュはガンツと共に肩まで湯に浸かり、心地よい疲労感を湯に溶かしていた。

 湯船の浅瀬では、子犬姿のコハクがプカプカと浮かび、不死鳥ルビーが湯気の中で気持ちよさそうに羽を広げ、ミニ海竜サファイアがアッシュの足元をスイスイと泳ぎ回っている。

 そこへ――。


「アッシュ、ガンツ棟梁、お風呂上がりの準備ができたわよ!」


 湯浴み着姿のエレナが、脱衣テラスから満面の笑みで手招きをした。

 そのテーブルの上に並べられていたのは、現場の職人たちの五感を狂わせる、至福の湯上がり晩酌セットであった。


「わあ……! エレナ、これは……!」

「ふふ、アッシュたちのために、神聖水と最果ての焙煎麦芽で仕込んでおいた【特製クラフトスタウト(漆黒の黒ビール)】よ。雪山でキンキンに冷やしておいたわ。それと――神聖豚のバラ肉を桜チップで三日間じっくり燻製にした【厚切り自家製ベーコンの溶岩焼き】よ!」


 ジュウウウウウウッ……!

 熱々の溶岩プレートの上で、親指ほどの厚みに切られたベーコンが、食欲をそそる芳醇な燻製香と脂の弾ける音を立てている。

 アッシュは黒ビールのジョッキを受け取ると、ガンツ、エレナと高らかに杯を合わせた。


「天空パイプライン幹線開通、乾杯!!」

「「乾杯っっ!!」」


 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ぷはあああぁぁぁぁぁっ!!


「くぅぅぅぅぅぅーーーっっ!! 染みるぅぅぅっ!!」


 濃厚な焙煎麦芽の香ばしさと、神聖水ならではのクリアな喉越し。

 そこに、カリッと香ばしく焼き上がった厚切りベーコンを一切れ放り込む。

 ジュワッ!と溢れ出す濃厚な豚の旨味と上質な脂が、黒ビールのほろ苦さと完璧にマリアージュし、口内で至福の爆発を起こした。


「たまらん……! この一杯のために配管工やってるんだよな!」

「くあぁぁっ! エレナの嬢ちゃんの酒と飯は、天界の神酒なんぞ足元にも及ばねえ絶品だぜ!」


 ガンツが豪快に髭を拭い、コハクも味付け前の炙り肉をハフハフと頬張って大喜びしている。

 だが――その至福の宴の頭上から。


 バリバリバリバリッ……!!


 雲海の上層を覆う漆黒の雷雲から、耳を劈くような激しい紫電が走り、アッシュの腰の魔導水圧計が、けたたましい警告音を鳴らし始めたのであった。

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