第52話:【天空超高圧パイプライン】敷設作戦開始!〜一万メートルの垂直揚水工学〜
最高美神アフロディアとの間で、天界の水利権とインフラ全面委譲を定めた【神界水道基本協定】が正式に締結された翌朝。
地上都市国家アクア・ヘヴンの中央に聳え立つ世界樹ユグドラシル・アクアの地上根元から、標高一万メートルの天空神門に至る巨大な主幹全域には、前代未聞の超巨大軌道土木工事の槌音が轟き渡っていた。
「オラッ、第八天空ブースターブロックの固定アンカーを打ち込め! トルクの誤差はコンマ一ミリも許さねえぞ!」
「ガルド工兵第一大隊、オリハルコン製超耐圧シームレス管の引き上げ完了! 世界樹の太枝に高抗張力ミスリルワイヤーで結束しました!」
「エルフ工兵班、樹液バイパスとの同調魔導陣の励磁完了! 共鳴周波数、誤差ゼロです!」
ガンツ率いるドワーフの熟練鍛冶師三千名と、かつて地上でアッシュのインフラに心服したガルド工兵部隊五万人。
かつて戦争と破壊のために鍛え上げられていた屈強な男たちの腕力が、いまや天と地を結ぶ前代未聞の【天空超高圧パイプライン(軌道水路)】の建設という、神話史上空前の土木事業へと注ぎ込まれていた。
「す、すさまじい……! 下界の人間どもは、本当にあの巨木に沿って一万メートルの成層圏まで水を押し上げるつもりなのか……!?」
雲海の上から工事を見下ろす軍神アレスや神界の神官神たちが、信じられない面持ちで息を呑んでいた。
地上から標高一万メートルの天界へ水を垂直に揚水する――それは、物理学および流体力学において、ほぼ不可能な絶望の壁であった。
標高差一万メートルが生み出す静水圧は、実に**約千気圧(一〇〇メガパスカル)**。
通常の鋼鉄管やミスリル合金管ですら、水を入れた瞬間に竹鉄砲のように木っ端微塵に破裂し、ポンプの羽根車は激しいキャビテーションによって数秒で粉砕されてしまうのだ。
しかし――世界樹の足場の上で図面を広げるアッシュの頭脳には、完璧な工学的勝算が成り立っていた。
「ガンツ、オリハルコン管の焼き入れはどうだ?」
「完璧だ旦那! 旦那の《真理の濾過》で不純物を分子一個残らず抜き去った『超純度オリハルコン』を、うちの炉で継ぎ目なし(シームレス)に一体鋳造した。内圧千五百気圧まで耐え抜く、宇宙一頑丈な配管だぜ!」
「よし。エレナ、世界樹の道管とのバイパス同期率は?」
「ええ、こちらも完璧よ!」
アッシュの隣で魔導測定計を操るエレナが、弾むような声で報告する。
「世界樹が大地から水を吸い上げる根圧と、葉の蒸散作用によって生じる【超絶毛細管現象】。この樹木自身の自然揚水力と、ガンツの多段式魔導ターボポンプを完全に同期させたわ。樹木そのものが巨大なポンプとして機能しているから、機械への負荷は理論値の十分の一以下に抑えられているの!」
「さらに――俺の《真理の濾過》を管内壁に常時展開する」
アッシュがパイプの接合部に素手をかざすと、サファイアブルーの魔法陣が管の内側に滑らかな被膜を形成した。
「これで水分子と管壁の摩擦抵抗は実質ゼロだ。千気圧の超高圧流体であっても、抵抗損失なしにスムーズに成層圏まで滑り上がる。……全セクター、バイパスバルブ開放! 主送水ポンプ、始動!!」
アッシュが中央コンソールのオリハルコン製レバーを力強く押し込んだ。
ゴオオオオオオオオオッッッ!!
世界樹の主幹に沿って敷設された青銀色の巨管が、一斉に眩い燐光を放ち始めた。
地上のアクア・ヘヴンから汲み上げられた純度一〇〇%の神聖水が、光り輝く青き昇龍となって、一万メートルの成層圏を一気に駆け上がっていく!
そして――わずか数分後。
成層圏を突き抜けた天空神門の放水ノズルから、ドッという爆音と共に、水晶のように透き通った清冽なる神聖水が勢いよく天を突いた!
ジャアァァァァァァァァァッ!!
「「「キ、キタァァァァァァァッッッ!!!!」」」
天上界を見守っていた神々から、地鳴りのような大歓声が湧き上がった。
下界の配管工が、物理の法則を工学の知恵でねじ伏せ、天と地を繋ぐ天空パイプラインを貫通させた歴史的瞬間であった。




