第43話:世界水利条約の調印と、真の英雄の誕生
世界樹ユグドラシル・アクアが天を衝くようにそびえ立った翌日。
樹齢数千年の巨木の麓に広がる大理石の円形広場には、大陸中の全国家・全種族の最高権力者たちが、正装をまとって勢揃いしていた。
アルカディア帝国の皇帝アレクサンダー三世。
ガルド軍事帝国の最高司令官グスタフ元帥。
エルトリア海洋連合のドレイク提督。
エルフの森の大長老セリア。
そして、ドワーフ鉱山同盟の長老たち。
かつて領土と利権を巡って血みどろの戦争を繰り返してきた者たちが、今、穏やかな顔で円卓を囲んでいた。
そして、その中央の上座に腰掛けていたのは――いつもの清潔な作業着に身を包んだ青年、アッシュであった。
「アッシュ殿……いや、我が盟主よ」
皇帝アレクサンダー三世が立ち上がり、純金とオリハルコンで装飾された一枚の巨大な条約書を掲げた。
「貴殿が命を賭して星の毒を浄化し、世界中の水脈を救ってくださらねば、我が帝国も、人類の未来も、昨日のうちに泥の底へと沈んでいた。……言葉に尽くせぬ感謝を捧げたい」
続いて、ドレイク提督が分厚い胸板を叩いて前に進み出た。
「我が海洋連合も、貴殿に全幅の信頼を置く! これより我が艦隊は、アクア・ヘヴンの水路網を世界中の海賊や侵略者から命がけで守る盾となることを誓おう!」
「エルフ族も同様じゃ」
十代の可憐な美少女の姿へと若返ったセリア大長老が、鈴を転がすような声で微笑んだ。
「森の全エーテルと薬草の知識を、貴殿に捧げよう。……何より、あの美肌泥パックと薬湯の権利だけは、絶対に譲れぬからのう!」
和やかな笑いが円卓に広がる。
そして、各国首脳が揃って署名した条約書が、アッシュの前へと差し出された。
そこに記されていたのは――アッシュを、全大陸の国家連合が認める【世界水利同盟・終身最高顧問】として推戴し、いかなる国家も彼の管理する水源とパイプラインに武力干渉することを永久に禁じる、歴史上最も強固な平和条約であった。
「……責任重大だな」
アッシュは苦笑しながら、ペンを取って条約書の末尾にサインした。
「俺は王様になる気はないよ。ただ、蛇口を捻れば誰でも美味い水が飲めて、笑って暮らせる世界を守りたいだけだ。……これからも、元栓の管理はきっちりやらせてもらうよ」
パチパチパチパチ……ッ!
世界中の首脳たちから、惜しみない拍手と歓声が沸き起こった。
追放された下水掃除人は、今や世界の命綱を支え、全人類を一つに束ねる真の英雄となったのであった。




