第4話:死の荒野で大地を濾過したら、奇跡の神聖水が湧き出た件〜一口で全回復の甘露〜
帝都アルカディアから東へ徒歩で三日。
人里を遠く離れ、荒涼とした赤茶色の岩肌と乾いた風が吹き抜ける不毛の地――通称『死の荒野』の最深部に、アッシュは立っていた。
かつて古代文明の魔導大戦によって大地が呪われ、地中の水脈すらも猛毒の魔素でドス黒く汚染されたと言われる場所だ。
見渡す限り、枯れ果てた低木とゴツゴツとした岩山が広がり、鳥の鳴き声一つ聞こえない完全な静寂が支配している。
「……ふむ。資料にあった通り、空気中のエーテルは荒れているが、土地そのものの器は悪くないな」
アッシュは背嚢を下ろし、足元の赤土を一掴み掬い上げた。
指先をすり抜ける土はカラカラに乾ききり、微かに紫色の瘴気が燻っている。
普通の人間や植物であれば、この土に触れているだけで生命力を吸い取られて枯死するだろう。だが、十年間にわたって帝都のすべての魔毒汚泥を一人で受け止め、濾過し続けてきたアッシュにとって、この程度の瘴気など微風に等しい。
「さて、まずは拠点作りの基本……水源の確保からだな」
アッシュは手頃な平地を見定めると、地面に片膝をつき、両の掌を赤土へと押し当てた。
瞼を閉じ、地中深くへと魔力の触手を伸ばしていく。
十メートル、五十メートル、百メートル――。
深層へ潜るにつれ、地底を流れる太古の水脈の鼓動が伝わってくる。しかしその水脈は、長年の呪詛によってドロドロに淀み、強酸と重金属のヘドロと化して地中で悲鳴を上げていた。
「よし、見つけたぞ。……十年ぶりの、本気の見せ所だな」
アッシュは深く息を吸い込み、魂の底から魔力を解放した。
「――《真理の濾過・全層解放》!!」
カアァァァァァッ!!
アッシュの掌を中心に、巨大な蒼穹色の魔法陣が大地へ向けて何重にも展開された。
その光は半径数十メートルを呑み込み、やがて地中深くまでレーザーのように貫通していく。
キィィィィィン……と、大地そのものが歓喜に震えるような清らかな共鳴音が荒野に木霊した。
アッシュの能力は、単なる表面のゴミ取りではない。
物質に宿る『歪み』『呪詛』『毒性』の概念そのものを解体・選別し、その物質が本来持っている最も完全で純粋な状態へと強制昇華させる神話級の権能だ。
地底数百メートルを流れていた何千万トンもの猛毒水脈が、アッシュの魔力フィルターを通過した瞬間、奇跡的な大変化を起こした。
ドゴゴゴゴゴゴゴッ!!
足元の大地が激しく揺れ動く。
そして次の瞬間――アッシュの目の前の岩肌が音を立てて裂け、天高くへと巨大な水柱が噴き上がった!
ドッシャアアアアアアンッ!!
荒野の空に、七色の虹が鮮やかに架かる。
噴き上がった水は、激しい飛沫を上げながら周囲の窪地へと流れ込み、瞬く間に直径二十メートルほどの巨大な天然の泉を作り出していった。
その水は――これまでアッシュが見てきたどんな水とも違っていた。
底にある小石の一つ一つまで手に取るように見えるほど澄み渡り、水面からは淡い青白い燐光が蛍のように立ち上っている。
風に乗って漂ってきたのは、清々しいミントのような、甘やかな大自然の芳香。
「……できたか」
アッシュは泉の縁へ歩み寄り、冷たい水に素手を浸した。
ひんやりと心地よい冷たさが肌を包み、触れただけで旅の疲労が指先から溶けて消えていくのがわかる。
両手で水を掬い上げ、口元へと運んだ。
「ごくり……」
喉を通った瞬間、アッシュは目を見開いた。
「っ……!? なんだ、これは……!?」
ただの水ではない。
舌の上でとろけるような、極上のまろやかさと微かな甘み。
一口飲み下すごとに、五臓六腑へ染み渡る圧倒的な生命力の奔流。
三日三晩歩き通して軋んでいた筋肉の痛みが一瞬で消え去り、枯渇しかけていた魔力回路が、まるで神々の祝宴に招かれたかのように満ち溢れていく。
【鑑定結果:奇跡の神聖水】
【効能:全状態異常の完全治癒、肉体疲労の瞬間回復、最大魔力量の永続的上昇、アンチエイジング】
「……帝都の地下で薄めて流していた水とは、桁が違いすぎるな」
帝都では水道管が破裂しないよう、効果を百億分の一程度まで薄めて流していたのだが、本気で濾過した水は、もはや飲むだけで万病を治す神話級の霊薬そのものであった。
こんな規格外の名水が、毎秒何トンも滾々と湧き出しているのだ。
「ふう……美味い。こんな美味い水が飲み放題なら、もう二度と文明社会になんか戻る必要はないな」
アッシュは満面の笑みを浮かべ、腰の水筒にたっぷりと神聖水を詰め直した。




