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第3話:帝都の朝は、優雅な紅茶の香りと共に……吹き飛んだ〜蛇口からヘドロ大噴射〜

翌朝。

 帝都アルカディアの一等地、白亜の豪邸が建ち並ぶ貴族特権区画。

 中央水利環境庁長官、バルトロメオ伯爵の屋敷には、今日も清々しい朝の陽光が差し込んでいた。


「ふあぁ……。実によく眠れた」


 シルクの寝巻きに身を包んだバルトロメオは、大きくあくびをしながら天蓋付きのベッドから這い出した。

 昨日、目障りだったあのドブネズミを追放したことで、実に気分が晴れやかだった。

 年間数千万ゴルドに及ぶ水利維持費の予算を、丸ごと自分の懐と勇者パーティへの歓心に流用できるのだ。これほど美味い話はない。

 食堂へ足を運ぶと、磨き抜かれたマホガニーの長テーブルには、焼きたてのクロワッサンと高級ジャム、極上のスモークサーモンが美しく並べられていた。


「閣下、おはようございます。今朝のお目覚めの紅茶をお淹れいたします」


 頭を下げたのは、給仕歴十年のベテラン専属メイド長である。

 テーブルの中央には、帝国水利庁長官の威厳を示すかのように、純銀製の華麗な蛇口が据え付けられていた。

 帝都地下の古代水利環から直接引き込まれた、最も純度が高いとされる『特権階級専用超特級給水栓』。蛇口を捻るだけで、どんな名水よりも澄んだ水が湧き出る、貴族の富の象徴である。


「うむ。帝室御用達の『月光茶の若葉』を使え。あのドブネズミを叩き出してやった記念の朝だからな。格別に贅沢な一杯を頼むぞ」

「かしこまりました、閣下」


 メイド長は上品な手つきで純銀の蛇口のコックに手をかけ、時計回りに捻った。


 キュッ。


 ――その瞬間であった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


「……ん?」


 バルトロメオが眉をひそめた。

 床下から、まるで地底の巨大な魔獣が唸り声を上げているかのような、不気味な重低音が響いてきたのだ。

 銀の蛇口が、カタカタカタと激しく震え始める。


「な、何事ですか……? 水道管の圧力が――」

「おいメイド、早く紅茶を――」


 バルトロメオの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。


 ボッッッッッフォォォォォォォンッ!!!!!!


「「「ぎゃあああああああああああああっ!?」」」


 凄まじい破裂音と共に、純銀の蛇口が弾け飛んだ。

 そして噴き出してきたのは――澄んだ水などでは断じてなかった。

 真っ黒に腐敗し、ドロドロに煮えたぎる紫黒色の悪臭ヘドロが、高圧の鉄砲水となって天井へ向けて大噴射されたのだ!


 ベチャアアアアッ! ドッシャアアアアンッ!


「ブバッ!? ゴホッ、オエエエエエエエエッ!?」


 テーブルの正面に座っていたバルトロメオの顔面に、直撃した超高圧の魔毒ヘドロが容赦なく叩きつけられた。

 鼻腔を、口腔を、目玉を、何百年分の下水のヘドロと腐った魚の内臓と重金属の煮凝りのような地獄の悪臭がダイレクトに貫通する。

 焼きたてのクロワッサンも、スモークサーモンも、一瞬で黒い泥濘の中に水没した。

 それだけではない。天井に激突したヘドロの雨が、豪奢なシャンデリアを叩き割り、何千枚もの金箔で装飾された壁紙を汚泥色に染め上げて降り注ぐ。


「ヒッ、ヒイィィィィッ! 目が、目が痛い! 息ができない! なんだこれ、ウンコ!? 毒水!? 止めて! 早く止めてええええええっ!」

「きゃあああああっ! お、奥様のお部屋の蛇口からも、お風呂場からも黒い泥水が吹き出しています!!」

「閣下! トイレが逆流しました! 便器が粉砕して地下から汚泥の間欠泉が立ち上っています!!」


 屋敷中から響き渡る悲鳴と絶叫。

 だが、この地獄絵図は、バルトロメオの屋敷だけで起きていたわけではなかった。


 ――同時刻。帝都勇者宿舎・最上階スイートルーム。


「ふふ、今日も僕の髪は輝いているね。世界を救う勇者には、完璧な美しさがふさわしい」


 筆頭勇者レオンは、全裸で豪奢な大理石の浴槽に浸かろうとしていた。

 昨日、アッシュから奪い取った予算で特注した最高級のローズオイルを湯船に垂らし、優雅に蛇口を捻る。


 ブシュッ! ズドドドドドドドッ!!


「アッ――!?!?!?」


 噴水のように吹き荒れたのは、ドブネズミの死骸の油のような濃厚な悪臭を放つヘドロ濁流であった。

 自慢の金髪に、真っ黒なドロドロの塊がベッタリとへばりつく。

 美肌を誇る白い肌に、強酸性の魔毒水が降り注ぎ、チリチリと火傷のような激痛が走る。


「ウワァァァァァァッ!? 僕の髪が! 僕の顔がぁぁぁぁっ! 臭い! 死ぬほど臭い! なんだこれ、誰だ僕の風呂にドブを流したのはぁぁぁっ!!」


 外を見れば、阿鼻叫喚はさらに凄まじいことになっていた。

 貴族街のあちこちの屋敷の窓から、黒い泥水が滝のように噴き出している。

 通りに設置されていた美しい噴水はことごとく破裂し、帝都の空を紫黒色の汚泥が覆い尽くしていた。

 澄み渡るはずだった朝の帝都は、わずか数分にして、世界で最も臭く、世界で最も不潔な『汚水の海』へと叩き落とされたのである。

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