第37話:大地を揺るがす黒い津波〜帝都の地下水路の決壊〜
ドズゥゥゥゥゥゥンッ!!
大地そのものが悲鳴を上げるような重低音の地鳴りが、アクア・ヘヴンの全域を揺るがした。
迎賓館のテラスでは、グラスがカタカタと音を立てて床に落ち、各国の首脳たちが青ざめて立ち上がった。
「な、何事じゃ!? 地震か!?」
「提督! 港の潮位計が狂っております! 海が……海が黒く濁って泡立っておりますぞ!」
中央作戦室の大スクリーンには、大陸全土の監視モニター映像が映し出されていた。
そこにあったのは、もはや悪夢というほかない地獄絵図であった。
帝都アルカディア地下百五十メートル――かつてアッシュが十年間守り続けていた『グレート・リザーバー』。
その巨大な耐熱耐魔石の壁面に、ピキピキと無数の亀裂が走り、排水孔から噴き出す紫黒色の高圧汚泥が、天井を突き破らんばかりに逆流していた。
帝都のマンホールというマンホールから、黒い泡と猛毒ガスが噴き出し、市民たちの悲鳴が木霊している。
それだけではない。
ガルド軍事帝国の工業用水路、エルフの森の聖なる大樹の根元、海洋連合の軍港の排水口――大陸中のあらゆる水利インフラが、地底三千メートルから突き上げられた超高圧のヘドロの圧力によって、同時に爆発寸前へと追い込まれていたのだ!
「アッシュさん! このままではあと十分で帝都の地下水路が完全決壊し、帝都全域が毒水の底へ沈没いたしますわ!」
「北部幹線も限界だ! オリハルコン製パイプが破裂すりゃあ、ガルド帝国の半分が泥沼に呑まれるぞ!!」
エレナとガンツの悲鳴のような報告。
各国首脳たちは腰を抜かし、絶望に顔を覆った。
「お、終わりじゃ……! 人類の文明は、ここで泥水に沈んで滅びるのじゃ……!」
「アッシュ殿! 軍隊も艦隊も、地下から湧き出る毒の津波には手も足も出んぞ! どうすればいいのだ!?」
パニックに陥る王侯貴族たち。
しかし――深海から生還し、作業着姿で中央コンソールの前に立ったアッシュの双眸には、恐怖の色など塵芥ほどもなかった。
「全員、落ち着け」
静かな、だが腹の底まで通るアッシュの声が、作戦室の狂乱を一瞬で静まり返らせた。
「敵は軍隊でも魔法使いでもない。ただの【詰まった配管】と【逃げ場を失った水圧】だ。……職人が、水回りのトラブルに慌ててどうする」
アッシュは全大陸通信マイクを手に取ると、力強く言い放った。
「大陸全土にパイプラインを張り巡らせたのは、ただ水を売るためじゃない。……この時のために、俺たちは世界中を一つの配管で繋いだんだ!」




