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第36話:職人同士の共鳴〜海竜の救出と、古代水脈の真実〜

「……お前も、一人で耐えていたのか」


 アッシュは探査艇の窓に手をつき、呟いた。

 誰に褒められるわけでもない。地上で暮らす人間たちがその存在を知ることもない。

 ただ自分がここを離れれば、世界中が毒水に沈むことを知っているからこそ、孤独の中で、泥まみれになりながら何千年も蓋をし続けてきたのだ。

 十年間、帝都地下百五十メートルの暗闇で一人きりで汚泥を濾過し続けていたアッシュ自身の姿と、完全に重なり合っていた。


「待ってろ。……今、その重荷を解いてやる」


 アッシュは躊躇うことなく、オリハルコン製の耐圧潜水服に身を包むと、探査艇のエアルームから漆黒の地底海へと飛び出した。

 数百気圧の凄まじい水圧が全身を圧迫するが、アッシュの体内を循環する神聖水のエーテルが、不可視の防壁となって水圧を完全に無力化する。


「コハク! 重力波でヘドロの鎖を引き剥がせ! ルビー、水中で神聖炎を全開にして、海竜の鱗の腐食を焼き払え!」


 アッシュの念話に応じ、探査艇のハッチから飛び出した二大神獣が神威を解放した。

 コハクの金色の瞳が輝き、海竜を縛り付けていた万年ヘドロの質量を強制的に十倍に増大させて引きずり下ろす。

 ルビーが海中で太陽のように燃え上がり、水蒸気の泡を巻き起こしながら、邪悪な呪詛の鎖だけを焼き切っていく。

 そして――アッシュが海竜の巨大な頭部へと泳ぎ着き、その傷だらけの眉間に素手を押し当てた。


「――《真理の濾過(フィルター)・深海完全共鳴(ディープ・レゾナンス)》!!」


 カアァァァァァァァァァッッッ!!!!


 漆黒の地底海が、真昼の太陽のように透き通るサファイアブルーの光で埋め尽くされた。

 海竜の巨体を蝕んでいた数万トンもの魔毒ヘドロが、アッシュの濾過フィルターを通過した瞬間、分子結合をほどかれ、無害な純白の砂と無菌の純水へと一気に還元されていく!

 腐食していた碧玉の鱗が、まるで磨き抜かれたサファイアのように眩い輝きを取り戻していく。


「キュゥゥゥゥゥゥゥゥン……ッ!」


 海竜の口から、何千年ぶりかの歓喜の咆哮が地底海に木霊した。

 全身の痛みが完全に消え去り、神話の霊力を完全に取り戻した海竜は、アッシュの周囲を大きく旋回すると――。


 ポフンッ!


 海中で小さな気泡が弾けた。

 三十メートルもあった巨体が、見る見るうちに縮小し――アッシュの腕の中にすっぽりと収まる、体長一メートルほどの可愛らしい青いミニドラゴンへと変身したのだ!

 頭部にはヒラヒラとした愛らしいエラ(ウーパールーパーのようなヒレ)があり、大きなつぶらな瞳でアッシュを見つめている。


「キュルルン♪」


 ミニ海竜は嬉しそうにアッシュの首筋にスルスルと巻きつき、ひんやりとした頬をアッシュの頬に擦り付けてきた。


「はは……お前も、小さくなると可愛いんだな」

「わふん!」

「ピピィ!」


 コハクとルビーも泳ぎ寄ってきて、ミニ海竜の頭を鼻先で小突いて歓迎した。

 陸の狼、空の鳥、海の竜――太古の三大神獣が、ついにここに揃い踏みしたのだ。


「お前は綺麗な青い鱗をしているから……『サファイア』だな」

「キュルンッ!」


 サファイアは満足そうに鳴いて尻尾を振った。

 しかし次の瞬間、サファイアの瞳に深い緊張が走り、アッシュの脳内へテレパシーが直接流れ込んできた。


『アッシュ……急いで……! 私が塞いでいたのは、ただの泥じゃない……! 何万年もの間、星の底に溜まり続けた悪意と毒素の塊……【澱みの神核(カタストロフィ・コア)】が、地上へ向かって登り始めているの……!』


 ドズゥゥゥゥゥゥン……!!


 地底海の底が激しく割れ、底なしの暗黒の裂け目から、信じられないほど巨大な黒い影が、帝都と地上へ向けて猛烈なスピードで浮上を開始したのである!


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