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第34話:地底深層からの不気味な脈動〜パイプラインの水圧異常〜

 世界水利サミットは、アッシュの圧倒的な「おもてなし戦略」によって、歴史上最も和やかで友好的な雰囲気の中で調印式を迎えようとしていた。

 エルフ族、海洋連合、ドワーフ連邦、そしてアルカディア帝国とガルド帝国。

 大陸中の主要勢力が、アッシュの主導する【世界水利平和共同体】に署名し、これより世界は新たな繁栄の時代を迎える――誰もがそう信じて疑わなかった。


 しかし――その歓喜の調印式の直前であった。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 中央作戦室の奥、普段は滅多に鳴ることのない超深層水脈監視モニターが、けたたましい非常警報のサイレンを鳴り響かせた。

 真っ赤に点滅する計器類。


「な、何事ですの!? 水圧計が異常な数値を叩き出していますわ!」


 エレナが端末へ駆け寄り、目を見開いた。

 作戦室にいたガンツやグスタフ元帥、そしてアッシュも一斉にコンソールを取り囲む。


「おいおいおい、嘘だろ……!? 大陸南部第三パイプライン、北部幹線、中央送水路……全セクターの水圧が、安全限界の五倍まで急上昇してるぞ!」


 ガンツが叫んだ。

 モニターに映し出された地底配管のリアルタイム映像。

 そこには――アッシュの神聖水で満たされていたはずのパイプの奥底から、ドロリとした異様な黒い影が、まるで意思を持つ巨大な触手のように逆流してくる様子が映し出されていた。


 ゴボリ……ゴボゴボゴボッ!

 ギチギチギチ……と、頑丈なオリハルコン製の配管が、内側からの超高圧によって軋み声を上げる。


「黒い汚泥……!? 馬鹿な、帝都の地下水路の魔毒は、すべてアッシュ殿が濾過したはずでは……!?」


 グスタフ元帥が青ざめた。

 しかし、アッシュはモニターの深度計を睨みつけ、静かに首を横に振った。


「いや……帝都のゴミじゃない。深度が深すぎる。……地下三千メートル、太古の地層の底から湧き上がってきているんだ」

「地下三千メートルですって……!?」


 エレナが震える手で、帝立図書館から持ち出した最古の魔導古文書をめくった。

 そして、あるページに記された神話時代の記録に目を留めた瞬間、彼女の顔から完全に血の気が引いた。


「これですわ……! 神話の時代、創世の神々が大地の毒素を地底深層に封じ込めたとされる禁断の領域……【原初魔毒溜まり】! 数万年間にわたって人類が地上から地脈へ垂れ流してきたすべての魔力汚染が、地底の底で濃縮され、限界を超えて吹き出そうとしていますのよ!」


 ドズゥゥゥゥゥゥン……!!


 足元の岩盤から、これまで経験したことのない重々しい地響きが伝わってきた。

 街中の噴水の水が黒く濁り始め、温泉の温度が急激に乱高下する。

 もしこの地底深層の万年ヘドロが大陸中に噴き出せば、人類の築いてきた文明都市はすべて、強酸と呪詛の海に呑み込まれて全滅する。


「アッシュ殿……どうする!? 全パイプラインの元栓を閉めるか!?」


 ガンツの悲痛な叫びに対し、アッシュは迷うことなく工具ベルトを腰に締め直した。


「元栓を閉めれば、パイプが内圧で破裂して大陸全土が水没する。……根源を叩くしかない」


 アッシュの瞳に、不退転の職人の光が宿った。


「地下三千メートルの地底海へ潜る。……ガンツ、潜水探査艇を出せ! 星の底のドブ掃除の始まりだ!」


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