第31話:世界水利サミットの召集〜各国の元首たちがやってくる〜
ガルド軍事帝国との和解と【大陸横断・神聖魔導水道パイプライン】の開通から二ヶ月。
かつて草木一本生えぬ『死の荒野』と呼ばれた地は、今や大陸全土から「奇跡の泉の都」「地上最後の楽園」と称えられる温泉都市国家『アクア・ヘヴン』へと、驚異的な発展を遂げていた。
街を取り囲む白大理石の防壁の外側には、世界中から集まった豪奢な馬車や巨大な魔導巡航船が何百台も列をなし、検問所前は連日、観光客と移住希望者の歓声で溢れかえっている。
そんな中、中央庁舎の屋上テラスでは、未曾有の国際会議に向けた準備が大詰めを迎えていた。
「アッシュさん、各国首脳団の先導隊が国境線を越えましたわ!」
書類の束を抱えたエレナが、知的な銀縁眼鏡を指で押し上げながら駆け込んできた。
その表情には、国家宰相としての誇らしさと、かすかな緊張が入り混じっている。
「本日到着するのは三つの巨大勢力……東方の広大な海洋を統べる『エルトリア海洋連合』の最高司令官ドレイク提督。そして、千年の閉鎖性を誇ってきた大森林『エルヴン・ガルディアン』を率いるエルフの大長老セリア様。さらに、地下鉱山都市同盟の代表を務めるドワーフ最高評議会の長老たちですわ」
「いよいよ始まるな、『第1回・世界水利安全保障サミット』が」
作業着の腕をまくったアッシュは、テラスの手すりから街並みを見下ろした。
アルカディア帝国とガルド軍事帝国がアッシュの「神聖水利サブスクリプション」によって劇的な経済復興と衛生近代化を遂げた噂は、大陸中の国家を震撼させた。
水を手に入れた国が繁栄し、水を軽視した国が衰退する――その冷徹な現実を前に、大陸中の覇権国家が「アッシュの水路網への接続」を求めて一斉に動き出したのだ。
「しかし旦那、油断は禁物だぜ」
背後から、オリハルコンの煙管をくゆらせたガンツが腕を組んで歩み出てきた。
「エルトリアのドレイク提督は、大陸最強の魔導無敵艦隊を率いる海千山千の軍閥の頭領だ。『たかが内陸のドブ掃除小僧が作った水道などに、海の覇者が頭を下げられるか』と公言してるらしい。それに、エルフの大長老セリアは、樹齢八百年を超える偏屈ババアだ。人間を見下すことにかけては大陸一の鼻つまみ者だぜ?」
「ふふ、手強そうですわね。初手から国家の主権や水利権の無償開放を迫る政治闘争を仕掛けてくる気満々ですわ」
エレナが苦笑いを漏らす。
国家間の利害が複雑に絡み合うサミット。普通であれば、外交官たちが何日も胃を痛めながら密室で泥沼の舌戦を繰り広げる場面だ。
だが――アッシュの口元には、穏やかな、だが絶対の自信に満ちた職人の笑みが浮かんでいた。
「政治的な腹の探り合いなんて、最初から付き合う気はないよ」
「えっ? どうされるおつもりですの、アッシュさん?」
「長旅で疲れてるんだ。……まずは、風呂に入ってもらおう」
アッシュは腰の工具袋を軽く叩いた。
「どんなに頑固な提督も、どんなにプライドの高い大長老も、肩まで極上の湯に浸かって、美味い飯を食えば、つまらん意地なんて全部湯の中に溶けて消えるさ。……世界一の【おもてなし】で、骨抜きにしてやろう」
アッシュの号令の下、アクア・ヘヴンが誇る最高峰のリゾート施設が、極限の臨戦態勢(おもてなし態勢)へと突入していった。




